はじめに
主にPh2試験で生物学的同等性を確認する際に適用される試験デザインとして、クロスオーバーという試験デザインがあります。クロスオーバー試験(交差試験、交互試験とも呼ばれる)は、被験者(参加者)が特定の期間を置いて複数の介入(治療法や薬剤など)を順番に受ける研究デザインです。個人の個人差の影響を最小限に抑えつつ、より少ないサンプルサイズで信頼性の高いデータを取得できるメリットがありますが、試験期間が長くなる、前の介入の影響が次の介入に持ち越される(持ち越し効果)可能性がある、といったデメリットも存在します。そこで今回はクロスオーバー試験について理論ど実務での注意点等を解説していきたいと思います。
臨床試験でよく用いられる試験デザインについて下記記事でも紹介しております。

クロスオーバーデザインとは
クロスオーバー試験は、同一被験者が複数の治療を異なる時期に受けるデザインで、被験者内比較により統計的効率が高まります。
代表例は2×2クロスオーバー(AB/BA)で、被験者を2群にランダム割付し、順序を変えて両方の治療を受けさせます。

https://best-biostatistics.com/design/cross-over.html
- 個人差を除去できる:
薬剤の体内吸収、代謝、排泄などの速度は個人ごとに大きく異なる可能性があります。同様に治療効果や有害事象の発生も被験者ごとに異なります。そのため、可能なら同一の患者で複数の治療法を比較することが望ましいです。クロスオーバーデザインのように同一の被験者で複数の治療法を比較することで被験者間変動が解析から除去することができます。 - 少ないサンプルで高精度な推定が可能:
並行群間試験に比べ、同じ精度を得るための被験者数が少なく済みます。なぜなら、上記の個人差を除去することができるためです。
また、健康成人を対象とするBE試験では、コスト削減・被験者募集の容易化につながります。
- キャリーオーバー効果の影響:
前期の治療効果や薬物残存が後期に影響する可能性があります。そのため、全治療薬の影響を排除するために「休薬期間」(ウォッシュアウト期間)を十分に設ける必要があります。 - 適切なウォッシュアウト期間の設定:
上記でも説明した通り、前治療の持ち越し効果をなくすため、に適切なウォッシュアウト期間を設ける必要があります。 - 時期効果の存在:
病態の自然経過や季節変動、被験者の順応などにより、時期によって測定値が変化する可能性があります。そのため、ランダム化や解析モデルPeriod効果を組み込み補正する必要があります。
クロスオーバー試験の考え方と理論
薬剤R、Yについて考えていく、被験者を10人と想定して、
- 被験者1-5はR→Tの順で治療を受ける
- 被験者6-10はT→Rの順で治療を受ける
期間1 | washout期間 | 期間2 | |
被験者1 | \(Y_{111}\) | – | \(Y_{121}\) |
被験者2 | \(Y_{112}\) | – | \(Y_{122}\) |
: | |||
被験者k | \(Y_{i1k}\) | – | \(Y_{i1k}\) |
: | |||
被験者10 | \(Y_{1110}\) | – | \(Y_{1210}\) |
- \(i (i=1,2)\):投与順序群
- \(j (j=1,2)\):投与時期
- \(Y_{ijk}\):投与順序群\(i\)の投与時期\(j\)における測定値
この時、\(Y_{ijk}\)の期待値はそれぞれ以下のように表すことができる。
\[E(Y_{11k}) = \mu_{R} + \pi_{1} + \gamma_{1}\]
\[E(Y_{12k}) = \mu_{T} + \pi_{2} + \gamma_{1} + \rho_{1}\]
\[E(Y_{21k}) = \mu_{T} + \pi_{1} + \gamma_{2}\]
\[E(Y_{22k}) = \mu_{R} + \pi_{2} + \gamma_{2} + \rho_{2}\]
(1)
ここで、
\(\mu_{R,T}\):被験者一人当たり平均のRとTの効果
\(\pi_{j} (j=1,2)\):時期jの影響を表すパラメータ
\(\gamma_{i} (i=1,2)\):投与順序の影響を表すパラメータ
\(\rho_{l} (l=1,2)\):薬剤R、Tの持ち越し効果
クロスオーバーデザインの統計モデルを求めていく。今回は簡単のため、washout期間が十分であったと仮定する。\(\rho_{1} = \rho_{2} = 0\)
上記テーブル表から\(i=j\)の時Rが投与されており、\(i \neq j\)の時Tが投与されている。よって、以下のように表すことができる。
\[
d(i,j) =
\begin{cases}
R & (i = j) \\
T & (i \neq j)
\end{cases}
\]
よって4つの期待値は以下のように統一的に表すことができる。
\[E(Y_{ijk}) = \mu_{d(i,j)} + \pi_{j} + \gamma_{i}\]
次に、\(Y_{ijk}\)のばらつきは。\(i\)群に属する\(k\)番目の被験者固有の測定値のばらつきとランダム誤差によるばらつきからなると考えられるため、前者のばらつきを\(\xi_{k(i)}\), 後者のばらつきを\(\varepsilon_{ijk}\)で表す。
したがって、
$$
\begin{eqnarray}
Y_{ijk} &=& E(Y_{ijk}) + \xi_{k(i)} + \varepsilon_{ijk}\\
&=& \mu_{d(i,j)} + \pi_{j} + \gamma_{i} + \xi_{k(i)} + \varepsilon_{ijk}
\end{eqnarray}
$$
- \(\xi_{k(i)}, (k=1,…10;i=1,2)\)は互いに独立で、同一の平均0、分散\(\sigma^{2}_{S}\)の正規分布に従う
- \(\varepsilon_{ijk}, (k=1,…10;i=1,2)\)は互いに独立で、同一の平均0、分散\(\sigma^{2}_{\varepsilon}\)の正規分布に従う
- \(\xi_{k(i)}, \varepsilon_{ijk}\)は互いに独立とする。
上記をクロスオーバーデザインの統計モデルとする。
時期の相関と混合モデル
順序\(i\)に割り付けられた被験者\(k\)からの測定値\((Y_{i1k}, Y_{i2k})\)は同被験者化rの測定値なので相関があると考えるのが妥当です。そこで先ほどの統計モデルから、相関を計算していきたいと思います。
期待値と分散は以下のようになります。
\[E(Y_{ijk}) = \mu_{d(i,j)} + \pi_{j} + \gamma_{i}\]
\[V(Y_{ijk}) = \sigma^{2}_{S} + \sigma^{2}_{\varepsilon}\]
次に、\(Y_{i1k},Y_{i2k}\)の共分散を求める。
\[Cov (Y_{i1k}, Y_{i2k}) = E(Y_{i1k}Y_{i2k}) – E(Y_{i1k})E(Y_{i2k})\]
ここで、右辺の一項は、\(E(\xi_{k(i)}) = E(\varepsilon_{ijk}) = 0\) で\(\xi_{k(i)}, \varepsilon_{ijk}\)は互いに独立と仮定しているため、
$$
\begin{eqnarray}
E(Y_{i1k}Y_{i2k}) &=& E[(\mu_{[i,1]} + \pi_{1} + \gamma_{i} + \xi_{k(i)} + \varepsilon_{i1k})(\mu_{[i,2]} + \gamma_{i} + \xi_{k(i)} + \varepsilon_{i2k})]\\
&=& \mu_{[i,1]}\mu_{[i,2]} +\mu_{[i,1]}\gamma_{i} + \pi_{1}\mu_{[i,2]} + \pi_{1}\gamma_{i} + \gamma_{i}\mu_{[i,2]} +\gamma_{i}^{2} + E(\xi_{k(i)}^{2})
\end{eqnarray}
$$
右辺の第2項は
$$
\begin{eqnarray}
E(Y_{i1k})E(Y_{i2k}) &=& [(\mu_{[i,1]} + \pi_{1} + \gamma_{i})(\mu_{[i,2]} + \gamma_{i})]\\
&=& \mu_{[i,1]}\mu_{[i,2]} +\mu_{[i,1]}\gamma_{i} + \pi_{1}\mu_{[i,2]} + \pi_{1}\gamma_{i} + \gamma_{i}\mu_{[i,2]} +\gamma_{i}^{2}
\end{eqnarray}
$$
したがって、
\[Cov (Y_{i1k}, Y_{i2k}) = E(\xi_{k(i)}^{2}) = V(\xi_{k(i)}^{2}) = \sigma^{2}_{S}\]
よって、Y_{i1k}, Y_{i2k}の相関は下記のようになります。
$$
\begin{eqnarray}
\rho(Y_{i1k}, Y_{i2k}) &=& \frac{Cov (Y_{i1k}, Y_{i2k})}{\sqrt{V(Y_{i1k})V(Y_{i2k})}}\\
&=& \frac{\sigma^{2}_{S}}{\sigma^{2}_{S} + \sigma^{2}_{\varepsilon}}
\end{eqnarray}
$$
検定手法について
仮説検定して、以下の仮定を立てる。
\[H_{0}: \mu_{T} = \mu_{R}\]
\[H_{0}: \mu_{T} \neq \mu_{R}\]
時期2(\(j = 2\))と時期1(\(j = 1\))の測定値の差を、
\[D_{ik} = Y_{i2k} – Y_{i1k} (i=1,2)\]
投与順序群\(1,2 (i=1,2)\)の差の期待値は、上記より
\[E(D_{1k}) = \mu_{T} – \mu_{R} + \pi_{2} – \pi_{1}\]
\[E(D_{2k}) = \mu_{R} – \mu_{T} + \pi_{2} – \pi_{1}\]
よって、薬剤TとRの効果の差を
\[\theta = \mu_{T} – \mu_{R} = \frac{E(D_{1k}) – E(D_{2k})}{2}\]
ここでE(\(D_{i}\))の不偏推定量は、
\[\bar{D}_{i} = \frac{1}{n_{i}}\sum_{k=1}^{n_{i}}D_{ik}\]
となるので、
\[\hat{\theta} = \frac{\bar{D_{1}} – \bar{D_{2}}}{2}\]
\(\theta\)の不偏推定量となるので、検定統計量は、この推定量を標準化することによって、
\[T = \frac{\hat{\theta}}{\hat{SE}(\hat{\theta})}\]
これから分母の標準誤差を求めていく。
\[V(\hat{\theta}) = V(\frac{\bar{D_{1}} – \bar{D_{2}}}{2}) = \frac{1}{4}[V(\bar{D_{1}}) + V(\bar{D_{2}})]\]
ここで、それぞれの分散は、
$$
\begin{eqnarray}
V(\bar{D_{i}}) &=& \frac{1}{n^{2}}\sum_{k=1}^{n_{i}}V(D_{ik}) = \frac{1}{n^{2}}\sum_{k=1}^{n_{i}}V(Y_{i2k} – Y_{i1k})\\
&=& \frac{1}{n^{2}}\sum_{k=1}^{n_{i}}[V(Y_{i2k}) + V(Y_{i1k}) – 2Cov (Y_{i1k}, Y_{i2k})]\\
&=& \frac{1}{n^{2}}\sum_{k=1}^{n_{i}}[2(\sigma^{2}_{S} + \sigma^{2}_{\varepsilon}) – \sigma^{2}_{S}]\\
&=& \frac{2\sigma^{2}_{\varepsilon}}{n_{i}}
\end{eqnarray}
$$
であるから、結局
\[V(\hat{\theta}) = \frac{\sigma^{2}_{\varepsilon}}{2}(\frac{1}{n_{1}} + \frac{1}{n_{2}})\]
上記式には、\(\sigma^{2}_{\varepsilon}\)が含まれている。個人内のばらつき\(\sigma^{2}_{\varepsilon}\)は被験者間のばらつき\(\sigma^{2}_{S}\)に比べて小さい。\(\hat{\theta}\)の分散が\(\sigma^{2}_{\varepsilon}\)しか含まないのはクロスオーバーデザインが並行群間デザインよりも効率が良いデザインであることを示唆している。
ここからは、\(\sigma^{2}_{\varepsilon}\)の推定を行う。
投与順序群\(i\)に割り付けられた被験者\(k\)の時期2と時期1の差\(D_{ik} = Y_{2ik} – Y_{i1k}\)の分散は
\[V(D_{ik}) = 2\sigma^{2}_{\varepsilon}\]
で与えられる。投与順序群\(i\)を固定した時、この分散は標本分散\(S^{2}_{i}\)で推定できるので、\(\sigma^{2}_{\varepsilon}\)の推定は\(S^{2}_{i}/2\)でできることがわかる。ただし、
$$
\begin{eqnarray}
S^{2}_{i} &=& \frac{1}{n_{i} – 1}\sum_{k=1}^{n_{i}}(D_{ik} – \bar{D_{i}})^{2}\\
&=& \frac{1}{n_{i} – 1}\sum_{k=1}^{n_{i}}(Y_{i2k} – Y_{i1k} – (\bar{Y_{i2.}} – \bar{Y_{i1.}}))
\end{eqnarray}
$$
これは\(i = 1,2\)によらないため、\(S^{2}_{1}/2\)、\(S^{2}_{2}/2\)がともに\(\sigma^{2}_{\varepsilon}\)の推定量となる。これらをpoolすると、
\[S^{2}_{pool} = \frac{(n_{1} -1)s_{1}^{2} + (n_{2} -1)s_{2}^{2}}{n_{1} + n_{2} -2}\]
とおき、
\[\hat{\sigma}^{2}_{\varepsilon} = \frac{1}{2}S^{2}_{pool}\]
を\(\sigma^{2}_{\varepsilon}\)の推定量とする。
これらより、検定統計量は下記のようになる。
\[T = \frac{2\hat{\theta}}{S_{pool}\sqrt{(\frac{1}{n_{1}} + \frac{1}{n_{2}})}}\]
実務上の留意点
実務でクロスオーバーデザインを行う際には、下記の事項に注意する必要があります。
- ウォッシュアウト期間は薬物動態と薬理作用を考慮
- 欠測や脱落に備えた解析計画
- 規制当局ガイドライン遵守(PMDA/FDA)
まとめ
今回はクロスオーバー試験について解説していきました。検定統計量の導出は複雑であったかもしれませんが、統計検定1級で出題されることがあるので、一度流れを把握しておくことが重要です。また、クロスオーバー試験は、被験者内比較による高い統計効率を持ち、特に生物学的同等性試験や慢性疾患の薬効比較において強力なデザインです。
一方で、キャリーオーバー効果・時期効果・欠測データといったリスク要因を適切に管理しなければ、結果の信頼性が損なわれます。
実務においては、
- ウォッシュアウト期間の適切な設定
- キャリーオーバー検定と解析計画の柔軟性
- 欠測・脱落への備え
- 規制要件に沿った設計と解析
を徹底することが成功の鍵となります。
クロスオーバー試験は「効率性」と「リスク管理」のバランスを取るデザインであり、製薬業界における臨床試験の重要な選択肢の一つです。
本記事は下記書籍を参考にいたしました。臨床試験デザインについてわかりやすく書かれている書籍のためおすすめです。
