はじめに
近年、臨床試験データの国際的な標準化と高度解析の需要が高まり、日本でも医薬品承認審査において電子データの提出が必須化されました。
PMDA(医薬品医療機器総合機構)は、審査の効率化や透明性向上のため、CDISC標準に準拠したデータ提出を制度として整備し、申請者と審査側双方の負担軽減と品質向上を目指しています。
本記事では、最新のPMDA通知・技術的ガイド・Q&A集の要点を整理し、申請電子データ提出の全体像を解説します。
特に以下の点を重視しています。
これから申請業務に関わる方、既に制度運用中の方、そして制度動向を把握したい方にとって、本稿が指針となれば幸いです。
制度の背景と目的
日本の医薬品審査における電子データ提出制度は、PMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査品質向上と効率化を目的に、2016年度から段階的に導入されました。
背景には、国際的なデータ標準(CDISC)に準拠した解析の高度化、品目横断的なデータ活用、M&S(Modeling & Simulation)などの先進的解析の需要があります。
制度化の主な目的は以下の3点です。
- 審査の客観性・科学性の向上
- 照会事項の削減による申請者負担の軽減
- 国際共同治験や海外当局との協調推進

提出対象 📦
品目の範囲
原則:「医薬品の承認申請について」別表2-(1)に記載の新医療用医薬品
※再生医療等製品は現時点で対象外
試験の範囲
試験種別 | 対象区分 | 提出形式 |
第II・III相比較試験等 | 必須 | SDTM+ADaM |
特定の第I相試験(抗がん剤初期試験、日本人/外国人比較、QT/QTc) | 必須 | SDTM+ADaM |
臨床薬理試験(PK/PD、PopPK、PBPK) | 原則必須(例外あり) | ADaM推奨 |
統合解析(ISS/ISE) | 必須 | ADaM |
- PK(Pharmacokinetics:薬物動態)
→ 薬が「体内でどう動くか」を調べる学問。 - PD(Pharmacodynamics:薬力学)
→ 薬が「体にどんな効果を及ぼすか」を調べる学問。 - PopPK(Population Pharmacokinetics:集団薬物動態解析)
→患者集団を対象にPKを解析し、「個人差」を定量化する方法。体重・年齢・肝腎機能・併用薬など、集団全体での影響因子をモデル化。開発後期や市販後データでも活用される。PMDA申請では、非臨床や臨床初期では見えない個人差を補足する意味で重要。 - PBPK(Physiologically Based Pharmacokinetics:生理学的薬物動態モデル)
→人体の構造や生理学パラメータ(臓器体積、血流量、酵素活性など)を組み込んだ数理モデル。動物実験やin vitroデータから、人間での挙動を予測できる。
用途例:小児用量設定、薬物相互作用の予測、希少疾患への外挿。
「机上シミュレーションで条件を変えて試せる」ため、倫理的・時間的コストを削減。
提出の流れ
事前相談 → 受付番号取得 → データパッケージ作成
→ バリデーション(P21E) → eCTD格納 → 提出 → 受理
- 事前相談:電子データ提出方法相談や審査予定事前面談で範囲・形式確認
- ゲートウェイ登録:PMDAゲートウェイ経由で受付番号発行
- データ送信:eCTDモジュール5に格納して提出
- 受理後:審査に活用、必要に応じて照会
データ標準と提出物
提出するデータ規格は下記となります。
ADaM: 再現可能な解析用データ(ADSL必須)
SDTM: 収集データを標準化(必須変数+可能な限りExpected/Permissibleも含む)
文書 | 内容 | 注意点 |
Define.xml | データ定義 | スタイルシート添付 |
Annotated CRF | CRF項目と変数の対応 | PDF形式 |
データガイド | データ構造説明・バリデーション結果 | 日本語可 |
プログラム仕様書 | ADaM作成手順等 | 実行再現性必須でない |
フォルダ構造例
提出する際のフォルダ構造例は下記のようになります。
m5/
└─ datasets/
└─ studyID/
├─ tabulations/
│ ├─ sdtm/
│ └─ sdtm_j/
└─ analysis/
├─ adam/
├─ adam_j/
バリデーション
ツールはPinnacle 21 Enterpriseを使います。それを用いて提出し、PMDAから受領の際に問題がありましたら下記区分によって対応が必要となります。
重大度区分
- 審査不可(必須欠落等)
- 説明必要(逸脱の理由提示)
- 軽微(場合により説明)
臨床薬理データの概要
臨床薬理データの概要
種別 | 説明 | 提出内容 |
PK/PD | 薬の動き(PK)と効き方(PD)を測定・評価 | 血中濃度データ、効果指標データ |
PopPK | 集団レベルでPKをモデル化、個人差や共変量影響を解析 | 解析データ+モデル仕様書 |
PBPK | 生理学的パラメータを組み込んだ数理モデルで予測 | モデル構造・パラメータ表 |
実務上の注意点(Q&Aより)
- 古い試験は免除の可能性あり(要相談)
- 海外当局非提出試験は変換不要な場合あり
- 統合解析時は個別データも原則提出
- 不適格例も必要に応じ提出
- 一部解析は申請後提出可(要相談)
まとめ
電子データ提出は単なる書式要件ではなく、審査の透明性と効率化を支える重要制度です。
事前相談→データ作成→検証→提出という流れを確実に踏み、完全かつ高品質なデータを提供することが、審査円滑化の鍵になります