はじめに
製薬企業で働く研究者やデータサイエンティストにとって、因果推論はもはや「統計の一分野」ではなく、臨床開発・市販後調査・リアルワールドデータ解析に直結する実務スキルとなっています。特に「中間因子(mediator)」を考慮した因果効果の推定は、薬剤の作用機序を理解し、規制当局への説明責任を果たす上で重要です。
例えば、新薬が心血管イベントを減少させる効果を持つとき、その効果は「血圧低下」という中間因子を介して生じているのか、それとも血圧とは独立した経路によるのか。この問いに答えることは、薬剤の価値を正しく評価し、適切な患者層を特定するために不可欠です。
本記事では、因果推論における中間因子の考え方を整理し、製薬企業の実務に直結する形でRによる実装例を紹介します。
中間因子とは?
因果推論における「中間因子(mediator)」とは、曝露(治療や薬剤投与)とアウトカム(臨床的効果)の間に位置し、因果経路を媒介する変数です。
- 曝露:降圧薬の投与
- 中間因子:血圧の低下
- アウトカム:心筋梗塞の発症
→この場合、薬剤の効果の一部は「血圧低下」を介して発揮されます。

https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2022/3464_05
上記の図でAでは未測定の交絡因子により、曝露からアウトカムへの因果効果を求めることはできません。
一方で、B のような中間因子が存在すると。未測定の交絡因子が存在してもバイアスなく因果効果を求めることができます。
効果の分解
因果推論では、効果を以下に分けて考えます。
- 直接効果(Direct Effect):中間因子を介さずに曝露がアウトカムに与える効果
- 間接効果(Indirect Effect):中間因子を介して曝露がアウトカムに与える効果
- 全体効果(Total Effect):直接効果+間接効果
これにより、薬剤が「どの経路を通じて効いているのか」を定量的に把握できます。
実務での意義
製薬企業における中間因子解析の活用例は以下の通りです。
作用機序の解明:薬剤がどの経路で効いているかを明確化
適応患者層の特定:効果が特定の中間因子を介する場合、その因子を持つ患者群に有効性が高い可能性
安全性評価:副作用がどの経路で生じるかを理解し、リスク管理に活用
Rによる実装例
ここでは仮想データを用いて、降圧薬→血圧低下→心筋梗塞発症の関係を解析します。
library(mediation)
set.seed(123)
n <- 1000
treat <- rbinom(n, 1, 0.5) # 薬剤投与
mediator <- 120 – 10treat + rnorm(n, 0, 5) # 血圧 outcome <- rbinom(n, 1, plogis(-0.05mediator – 0.2*treat))
data <- data.frame(treat, mediator, outcome)
# モデル構築
med.fit <- lm(mediator ~ treat, data=data)
out.fit <- glm(outcome ~ treat + mediator, data=data, family=binomial)
# mediation解析
med.out <- mediate(med.fit, out.fit, treat=”treat”, mediator=”mediator”, boot=TRUE, sims=1000)
summary(med.out)
出力例の解釈
- ACME:間接効果(血圧低下を介した効果)
- ADE:直接効果(血圧低下を介さない効果)
- Proportion Mediated:全体効果のうち間接効果の割合
実務応用シナリオ
実務への応用例は以下があります。
臨床試験データ:第III相試験で得られたバイオマーカーを中間因子として解析し、作用機序を補強
リアルワールドデータ:電子カルテやレセプトデータで交絡因子を調整しつつ中間因子を評価
ライフサイクル戦略:上市後に中間因子を介した効果を解析し、追加適応や適正使用に活用
一方で以下のような注意点もございます。
- 交絡因子の調整が不十分だと推定が歪む
- 測定誤差があると間接効果の推定が不安定になる
- 因果方向の仮定を誤ると解釈が誤導される
規制当局への説明文書での活用
中間因子を用いた因果効果推定は、規制当局(FDA/PMDA/EMA など)への提出資料においても有用です。
臨床試験報告書(CSR)
中間因子解析を補足解析として記載することで、薬剤の作用経路を科学的に説明可能。特に「主要評価項目に対する効果がどの経路を通じて発揮されているか」を明示することで、審査官の理解を助けます。
承認申請資料(CTDモジュール2・5)
直接効果と間接効果を分けて提示することで、薬剤の臨床的意義をより明確に説明できます。例えば「血糖低下を介した心血管イベント抑制効果」と「血糖とは独立した経路による効果」を分けて示すことで、薬剤の価値を多面的に評価できます。
リスクマネジメント計画(RMP)
中間因子を介した副作用経路を特定することで、リスク最小化策の根拠を強化できます。
規制当局との対話(事前面談・照会対応)
因果推論に基づく説明は、単なる相関分析よりも説得力が高く、審査官からの「なぜその効果が得られるのか」という質問に科学的に答える材料となります。
まとめ
今回は因果推論における中間因子の考え方を整理し、製薬企業の実務に直結する形でRによる実装例を紹介しました。
中間因子を用いた因果効果推定は、薬剤の作用機序を理解し、臨床現場や規制当局に対して説得力のある説明を行うために欠かせないアプローチです。直接効果と間接効果を分けて評価することで、薬剤がどの経路を通じて効いているのかを明確にでき、適応患者層の特定や副作用リスクの理解にもつながります。Rのmediationパッケージを活用すれば、こうした効果を定量的に把握することが可能であり、臨床試験データやリアルワールドデータの解析に応用できます。
さらに、この手法はライフサイクル戦略や規制当局への説明文書にも活用でき、薬剤の価値を多面的に示す強力な根拠となります。つまり、中間因子を意識した因果推論は、研究の質を高めるだけでなく、製薬企業の実務全般において戦略的に重要な役割を果たすのです。
そして次のステップとして、まずは自社で扱っている臨床試験データや市販後データに対して、中間因子を意識した解析を一度試してみることをおすすめします。さらに、FDAやPMDAが公表している関連ガイダンスを確認し、規制当局がどのような観点で因果推論を評価しているのかを把握することで、今後の研究や申請戦略に直結する知見が得られるでしょう。












