はじめに
製薬業界において臨床研究や疫学研究は、新薬開発から市販後調査まで幅広い場面で不可欠です。しかし、研究を始めようとすると「RCT(ランダム化比較試験)が最も信頼できる」と教わる一方で、実際には倫理的・資金的・時間的な制約からRCTを実施できないケースが多々あります。
では、観察研究は「質が低い」のでしょうか?――答えはNoです。むしろ、観察研究でも因果推論の考え方を取り入れることで、臨床的に価値ある知見を得ることができます。
本記事では、因果推論の考え方の前になぜ因果推論の考え方が必要なのか「製薬業界で働く方」に向けて解説します。特に、理想的な研究デザインを思い描き、そこから現実的な研究に落とし込むプロセスに焦点を当てます。
今後、因果推論について下記資料を参考に記事を作成していきます。因果推論について勉強していきたい人は私と学んでいきましょう。
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/series/196
RCTは本当に「最良」の研究か?
医学教育では「エビデンスレベル」の階層が示され、RCTが最上位に位置づけられます。確かに、曝露とアウトカムの因果関係を最も厳密に評価できるのはRCTです。
しかし、製薬業界の現場では次のような制約が存在します。
- 倫理的制約:喫煙や危険行為を「ランダムに割り付ける」ことは不可能
 - 実施困難性:性別や人種といった曝露は介入できない
 - 一般化可能性の問題:RCTは特殊な条件下で行われるため、実臨床にそのまま適用できない場合がある
 
つまり、RCTが常に「最良」とは限らず、研究目的や状況に応じて観察研究が適切な場合もあるのです。
観察研究の価値と課題
観察研究は、現実の臨床現場や大規模データベースを活用できる点で強みがあります。例えば、製薬企業が行う市販後調査(PMS)やリアルワールドデータ(RWD)解析は、典型的な観察研究です。
一方で、観察研究には以下の課題があります。
- 交絡因子の存在(例:糖尿病患者の重症化リスクを調べる際、年齢や生活習慣が影響)
 - バイアスの混入(脱落、測定誤差、選択バイアスなど)
 
ここで重要になるのが因果推論のフレームワークです。因果推論を学ぶことで、観察研究に潜むバイアスを意識的に制御し、より信頼性の高い結論を導けるようになります。
リサーチクエスチョンの定式化 ― PICO/PECO
研究を始める際、まず必要なのはリサーチクエスチョンの明確化です。
製薬業界では、以下のPICO/PECOフレームワークが有効です。
| 項目 | 内容 | 例(糖尿病とCOVID-19研究の関連について調べる研究) | 
| P (Population) | 対象集団 | 糖尿病患者 | 
| I/E (Intervention/Exposure) | 介入または曝露 | 糖尿病の有無 | 
| C (Comparison) | 比較対象 | 非糖尿病患者 | 
| O (Outcome) | アウトカム | COVID-19重症化率 | 
このように整理することで、研究の焦点が明確になり、解析計画を立てやすくなります。
「理想的な研究」から「現実的な研究」へ
研究デザインを考える際のコツは、まず制約を外して理想を描くことです。
ステップ1:理想的な研究を想像する
「潤沢な資金・時間・データがある」と仮定し、最も妥当な研究デザインを考えます。
- 内的妥当性を重視 → RCT
 - 実臨床での一般化可能性を重視 → 大規模観察研究
 
ステップ2:現実に落とし込む
実際には、以下のような制約が生じます。
- 小規模な前向き調査しかできない
 - 一施設のカルテレビューに限られる
 - 既存データベースの二次解析しかできない
 
このとき重要なのは、「次善の策」を選びつつ、バイアスを最小化する工夫です。
Rで試す「理想と現実」の違い
ここで、Rを使って簡単なシミュレーションをしてみましょう。
例:糖尿病とCOVID-19重症化リスク
交絡因子:年齢
真の因果効果:糖尿病があると重症化リスクが上がる
set.seed(123)
# サンプルサイズ
n <- 1000
# 年齢(交絡因子)
age <- rnorm(n, mean = 60, sd = 10)
# 糖尿病の有無(年齢が高いほど糖尿病リスク↑)
diabetes <- rbinom(n, 1, plogis((age – 50)/10))
# COVID-19重症化(糖尿病と年齢の両方が影響)
logit_p <- -5 + 0.8diabetes + 0.05age
p <- plogis(logit_p)
severe <- rbinom(n, 1, p)
# データフレーム
df <- data.frame(age, diabetes, severe)
# 交絡を無視した単純比較
model1 <- glm(severe ~ diabetes, data=df, family=binomial)
summary(model1)
# 年齢で調整したモデル
model2 <- glm(severe ~ diabetes + age, data=df, family=binomial)
summary(model2)
結果の解釈
- model1(単純比較):糖尿病の効果が過大評価される(交絡の影響)
 - model2(年齢で調整):真の因果効果に近づく
 
このように、交絡因子を考慮するかどうかで結論が大きく変わることがわかります。
製薬業界での実践的な意義
製薬業界における因果推論の活用場面を整理すると、以下のようになります。
- 新薬開発初期:RCTが困難な希少疾患領域での観察研究
 - 市販後調査(PMS):副作用リスクの評価に因果推論を導入
 - リアルワールドエビデンス(RWE):保険償還や規制当局への申請資料に活用
 
特に近年は、FDAやEMAもRWEの活用を推進しており、因果推論を理解しているかどうかが企業競争力を左右するといっても過言ではありません。
まとめ
今回は因果推論の必要性について「製薬業界で働く方」に向けて解説しました。因果推論の基本的な考え方や臨床研究や疫学研究において「RCTが最良」とされがちですが、実際には倫理的・資金的制約から実施困難な場合が多くあります。
その際に重要となるのが因果推論の考え方です。まず制約を外して理想的な研究デザインを描き、そこから現実的に可能な観察研究や二次解析へと落とし込むことで、バイアスを意識的に制御しつつ臨床的に価値ある知見を得ることができます。製薬業界においては、市販後調査やリアルワールドデータ解析に直結する実践的なアプローチであり、研究を「身近で素敵なもの」にする鍵となります。
参考
臨床研究・疫学研究のための因果推論レクチャー
[第1回] 因果推論で医学研究を身近で素敵なものに!
杉山 雄大,井上 浩輔,後藤 温












