はじめに
製薬業界における臨床研究や疫学研究では、「どの変数を解析に含めるべきか」という問題に必ず直面します。
新薬の有効性や安全性を評価する際、年齢・性別・併用薬・生活習慣など多くの因子が関与しますが、すべてを調整すれば良いわけではありません。むしろ、不適切な変数を調整すると因果効果が歪むことすらあります。
このとき役立つのが DAG(Directed Acyclic Graph:有向非巡回グラフ) です。DAGは、変数間の因果関係を矢印で表現することで、どの変数を調整すべきか/すべきでないかを整理する強力なツールです。
本稿ではDAGについて解説していきます。
DAGとは何か
DAGは「因果関係の仮説を可視化するためのグラフ」です。
- ノード(点):変数(曝露、アウトカム、交絡因子など)
 - 矢印:因果関係の方向
 
DAGの特徴は「非巡回」であること。つまり、因果関係が循環しないように描かれます。
DAGを描く目的は、因果効果を正しく推定するために、どの変数を調整すべきかを判断することです。DAGを使いう際の基本事項は下記の通りとなります。

製薬業界での具体例
例1:新薬の有効性評価
- 曝露:新薬投与
 - アウトカム:疾患改善
 - 交絡因子:年齢、重症度
 

年齢や重症度は「新薬投与の有無」にも「疾患改善」にも影響します。したがって、これらは調整すべき変数です。
例2:副作用リスク評価
- 曝露:薬剤使用
 - アウトカム:副作用発現
 - 中間因子:血中濃度
 

血中濃度は薬剤使用の結果として変化し、副作用に影響します。この場合、血中濃度を調整してしまうと「薬剤→副作用」の因果経路を遮断してしまい、真の効果を過小評価してしまいます。
DAGから因果関係を考えていきますと以下のようなパターンがあります。

調整すべき変数・すべきでない変数
DAGを使うと、以下の判断が可能になります。
- 調整すべき変数:曝露とアウトカムの両方に影響する交絡因子(バックドア経路を閉じるため)
 - 調整すべきでない変数:
 
- 中間因子(曝露の効果を媒介する変数)
 - コライダー(曝露とアウトカムの両方から矢印が入る変数)
 
この区別は、製薬業界の研究で非常に重要です。誤って中間因子やコライダーを調整すると、因果効果が歪んでしまいます。
以下ではDAG で、調整すべき変数・調整すべきでない変数をまとめております。この
ようなバイアスを避けるためにも、DAG を使って変数間の時間関係を明確にすることが非常に大切です。

規制当局でのDAG活用事例
近年、FDA(米国食品医薬品局)やEMA(欧州医薬品庁)などの規制当局も、リアルワールドエビデンス(RWE)の評価においてDAGの活用を推奨する動きが見られます。
FDAの事例
FDAはRWEのガイダンス文書の中で、観察研究を用いた因果推論の妥当性を評価する際に「交絡因子の特定と調整の透明性」が重要であると明記しています。DAGはその透明性を担保するツールとして紹介され、「なぜその変数を調整したのか」を説明する根拠として活用されています。
EMAの事例
EMAも同様に、薬剤の安全性評価や市販後調査において、DAGを用いた因果構造の明示を推奨しています。特に、交絡因子の選択プロセスを図示することで、審査官が解析の妥当性を迅速に理解できる点が評価されています。
製薬企業にとっての意味
規制当局がDAGを評価に取り入れていることは、製薬企業にとって次の意味を持ちます。
- RWE活用の拡大に伴い、今後ますます必須のスキルとなる
 - 解析計画書や申請資料にDAGを添付することで、審査官への説明力が向上する
 - 「調整変数の選択が恣意的ではない」ことを示す科学的根拠になる
 
実務での活用ポイント
製薬会社でDAGを活用するメリットは大きく、以下のような場面で役立ちます。
- 治験デザインの初期段階
- どの背景因子を層別化すべきかを整理できる
 
 - 市販後調査(PMS)
- 副作用リスク評価で、交絡因子を明確化できる
 
 - RWE解析
- 観察研究での因果推論において、調整すべき変数を科学的に説明できる
 
 - 規制当局への申請
- FDAやEMAに対して、解析の透明性を示す強力なエビデンスとなります。
 
 
まとめ
因果推論におけるDAG(有向非巡回グラフ)は、研究デザインや解析計画を考える上で「どの変数を調整すべきか」を明確にする強力なツールです。交絡因子を特定して調整し、中間因子やコライダーを誤って含めないことで、因果効果を正しく推定できます。製薬業界では、新薬の有効性評価や副作用リスク解析、市販後調査やRWE活用に直結し、規制当局(FDA・EMA)もDAGを因果構造の透明性を示す手段として評価しています。DAGを描く習慣を持つことは、研究の妥当性を高め、規制当局への説明力を強化する実践的なスキルとなります。












