【完全理解】ICH E9「臨床試験の統計的原則」と補遺(Estimand)を徹底解説

― 臨床試験の計画・解析・解釈を一貫させるための最強ガイド ―
臨床試験の統計的原則を体系化した ICH E9 ガイドラインは、医薬品開発における“統計の憲法”とも言える存在です。そして 2019 年には、臨床試験の目的と解析をより強固に結びつけるための補遺(ICH E9(R1))が合意され、「estimand(推定すべき量)」という新しい概念が導入されました。
この記事では、E9 本体と補遺を統合的に理解できるように、図解とテンプレートを交えて徹底的に解説します。
臨床統計家、薬事、メディカル、アカデミアの研究者、そして臨床試験を学ぶ学生にも役立つ内容です。
記事の目次
ToggleICH E9 とは何か
ICH E9 は「臨床試験の統計的原則」を体系化したガイドラインであり、主な目的は次の 2 点です。
- 偏り(バイアス)を最小化すること
- 精度を最大化し、信頼性の高い治療効果を示すこと
E9 は以下の領域を中心に構成されています。
- 臨床開発全体の考え方
- 主要変数の設定
- ランダム化・盲検化
- 多施設共同試験
- 被験者数設計
- 解析対象集団(ITT / PP)
- 欠測値・外れ値
- 推定・検定・信頼区間
- 安全性評価
- 報告の原則
E9 は「臨床試験の計画・実施・解析を貫く統計的な土台」を提供する文書です。
補遺(ICH E9(R1))が導入された背景
E9 本体は優れた枠組みを提供していましたが、実務では次のような課題がありました。
- ITT と PP のどちらを重視すべきか曖昧
- 治療中止や追加治療が結果の解釈を難しくする
- 欠測値処理が解析者の裁量に依存しがち
- 「治療効果とは何か」が明確に定義されていない
そこで補遺では、臨床的疑問(clinical question of interest)を明確にし、それを統計解析と結びつけるためのフレームワークとして「estimand」が導入されました。
Estimand とは何か
Estimand は 「推定すべき治療効果を明確に定義するための枠組み」です。
補遺ではestimandを次の4要素で定義します。
- 対象集団(Population)
例:2型糖尿病の成人患者 - 変数(Variable)
例:24週時点のHbA1c変化量 - 中間事象への対応(Intercurrent event strategy)
例:追加治療 → 仮想ストラテジー - 要約尺度(Summary measure)
例:平均差(治療群-対照群)
中間事象(Intercurrent Events)とは
中間事象とは、治療開始後に発生し、結果の解釈に影響を与える事象です。
例:
- 割付治療の中止
- 追加治療の使用
- 他剤へのスイッチ
- 死亡
- 評価不能(例:切断により歩行評価不可)
補遺では、これらをどう扱うかを明確にするために5つのストラテジーを提示しています。
- Treatment Policy(治療方針)
→ 中間事象後のデータもそのまま使う(ITTに近い) - Hypothetical(仮想)
→ 中間事象が起きなかった世界を仮定する - Composite(複合)
→ 中間事象をアウトカムの一部として扱う - While-on-treatment(治療下)
→ 中間事象が起きるまでのデータのみを使用 - Principal Stratum(主要層)
→ 中間事象の発生パターンが同じ層に限定して比較
臨床研究における「ITT(Intention-to-Treat)
- 意味:参加者を「実際に治療を受けたか」ではなく、「治療しようと割り付けられた群」のまま解析する原則・手法。
- 目的:ランダム化のメリット(交絡因子のバランス)を維持し、現実世界の治療効果(effectiveness)をより正確に評価するためです。
- 具体例:新薬の治験で、途中で薬をやめたり別の治療に変えたりした人も、最初の「新薬群」として分析に含めます。

この区別が曖昧だと、解析の妥当性が揺らぎます。
感度分析(Sensitivity Analysis)の役割
補遺では感度分析の重要性が強調されています。
- 主解析(primary estimator)の仮定が破れた場合に結果がどれだけ変わるか
- Estimand は同じだが、異なる仮定を置いた解析を行う
- 「結果の安定性(robustness)」を評価する
特に欠測データや中間事象の扱いは仮定に依存するため、感度分析は必須です。
実務での活用ポイント
- プロトコル作成時に estimand を明記する
治験実施計画書に estimand を記載することで、解析の透明性が向上します。 - SAP(統計解析計画書)との整合性
Estimand → Estimator → 感度分析の流れを明確にする。 - 中間事象の定義を精緻化
治療中止の理由、追加治療の種類、時期などを詳細に記録する。 - 規制当局とのコミュニケーション
Estimand を用いることで、治療効果の解釈を共有しやすくなる。
まとめ
ICH E9「臨床試験の統計的原則」と、その補遺である ICH E9(R1) は、臨床試験における統計の考え方を大きく前進させたガイドラインです。E9 本体は、偏りを最小化し、精度の高い治療効果を示すための基本原則を体系化したものであり、主要変数の設定、ランダム化、盲検化、解析対象集団、欠測値の扱いなど、臨床試験の基礎となる統計的枠組みを提供しています。
一方、補遺では「治療効果とは何か」をより明確に定義するための概念として estimand が導入されました。Estimand は、対象集団、変数、中間事象への対応、要約尺度という 4 つの要素から構成され、臨床的疑問を統計解析と直接結びつける役割を果たします。特に、治療中止や追加治療、死亡といった中間事象をどのように扱うかを明確にすることで、試験の目的と解析方法の一貫性が大きく向上しました。
さらに補遺では、主解析の仮定が破れた場合に結果がどれほど変わるかを検討する 感度分析 の重要性も強調されています。Estimand を明確にしたうえで、異なる仮定を置いた解析を行うことで、治療効果の安定性(ロバストネス)を評価できるようになります。
総じて、ICH E9 と補遺は、臨床試験の計画・デザイン・実施・解析・解釈を一貫したフレームワークで結びつけるための強力な指針です。E9 本体が「統計的原則の土台」を提供し、補遺が「治療効果の定義と解析の整合性」を補強することで、臨床試験の透明性と信頼性が大きく向上しました。これらを適切に活用することは、現代の医薬品開発において不可欠であり、臨床統計家だけでなく、薬事、メディカル、研究者など、臨床試験に関わるすべての専門家にとって重要な知識となります。











