はじめに

医薬品開発において、高齢者のデータをどのように扱うべきかは、今や世界的な重要テーマです。特に日本は高齢化が急速に進んでおり、高齢者に対する医薬品の安全性・有効性評価は、臨床開発の質を左右する大きな要素となっています。
その国際的な基準となるのが、ICH E7「高齢者に使用される医薬品の臨床評価法」です。
本記事では、ガイドライン本体とQ&A文書の両方を統合し、実務で使える視点でわかりやすく解説します。

ICH E7とは何か

ICH(国際医薬品規制調和会議)は、日米EUが中心となり、医薬品の品質・安全性・有効性に関する基準を国際的に調和させるための枠組みです。

その中でICH E7は、以下を目的として1993年に策定されました。

目的:高齢者に使用される医薬品の臨床評価を標準化し、高齢者に適切な情報を提供すること

高齢者は以下の理由から、薬物反応が非高齢者と大きく異なる可能性があります。

  • 加齢に伴う腎・肝・心機能の低下
  • 多剤併用による薬物相互作用の増加
  • 合併症の多さ
  • 薬物動態(PK)・薬力学(PD)の変化

これらの背景から、高齢者を臨床試験に適切に組み入れることが求められています。

高齢者の定義と対象範囲

ガイドラインでは以下のように定義されています。

高齢者:65歳以上
特に検討すべき:75歳以上の高齢者

また、試験計画で恣意的に年齢上限を設定することは推奨されていません。
実際の使用状況を反映するため、年齢分布は承認後の使用予測に基づいて決める必要があります。

なぜ高齢者データが重要なのか(Q&Aより)

Q&A文書では、特に以下の点が強調されています。

  1. 高齢者の薬物反応は予測困難
    • 高齢者は複数の疾患を抱え、複数の薬剤を使用することが多いため,薬物動態・薬力学・薬物相互作用の予測が難しいという特徴があります。
  2. 有害事象の重篤化リスク
    • 同じ副作用でも、高齢者では重篤化しやすく、忍容性も低い傾向があります。
  3. ベネフィット/リスク評価のために必須
    • したがって、高齢者を臨床試験に適切に含めることは、医薬品のリスク評価に不可欠とされています。

高齢者をどれくらい組み入れるべきか

ガイドライン本体では「一般的には、全相を通じて高齢者100例程度が必要」という基準が示されています。

Q&Aでは、近年の高齢化や併用療法の複雑化を踏まえ、「100例を超える高齢者を組み入れることが望ましい」と、より強調されています。

また、解析では以下のような年齢層別の層別解析が推奨されています。

  • 65歳未満
  • 65–74歳
  • 75–84歳
  • 85歳以上

単一試験で十分な症例が得られない場合は、複数試験の統合解析が必要です。

高齢者を組み入れる際のポイント

Q&Aでは、「frail(脆弱)高齢者を除外しすぎない」という点が特に重要とされています。

高齢者の中でも、身体的・精神的に脆弱な患者は、しばしば試験から除外されがちです。
しかし、実臨床では最も薬物反応が問題となるのはこの層であり、可能な限り組み入れる努力をすべきとされています。

非高齢者(<65)
高齢者(65–74)
高齢高齢者(75–84)
超高齢者(85+)
frail高齢者(脆弱) ← 最もデータ不足

選択・除外基準を厳しくしすぎない:
併用療法や合併症を持つ高齢者を排除しすぎると、実臨床を反映しないデータとなります。

高齢者に特有の評価項目

高齢者では、一般的な有効性・安全性項目に加えて、以下のような項目が重要となります。

  • 認知機能
  • バランス能力・転倒リスク
  • 尿失禁・尿閉
  • 体重減少
  • 筋肉量の減少(サルコペニア)

必要に応じて、認知機能検査などの特別な評価も求められます。

薬物動態(PK)評価の考え方

ガイドラインでは、PK評価を以下の2つの方法で行うことが示されています。

標準的な薬物動態試験

  • 単回投与または定常状態での比較
  • 高齢者と非高齢者を統計的に比較
  • 医学的に重要な差があれば追加試験が必要

薬物動態スクリーニング(Population PK)

第II相・III相試験で、少数点の血中濃度データを収集し、母集団PK解析で年齢の影響を評価する方法です。

【PK評価の流れ】
非高齢者PK → 高齢者PK → PopPK解析 → 年齢の影響を評価

腎・肝機能低下の評価

腎排泄性薬物 → 腎機能低下患者でのPK試験が必要
肝代謝性薬物 → 肝機能低下患者でのPK試験が必要

ただし、これらは高齢者である必要はない点がポイントです。

薬力学(PD)評価

通常は必須ではありませんが、以下の場合は検討が必要です。

  • 臨床試験で年齢による効果差が示唆された場合
  • 中枢神経系に強く作用する薬(睡眠薬・鎮静薬など)

薬物相互作用(DDI)評価

高齢者は多剤併用が多いため、DDI評価は特に重要です。ガイドラインでは、以下の薬剤との相互作用が例示されています。

  • 高蛋白結合薬(ワルファリン)
  • ジゴキシン
  • 肝酵素誘導薬(フェノバルビタール)
  • 肝酵素阻害薬(シメチジン)

承認申請時のポイント

申請資料では、以下の情報が求められます。

  • 高齢者と非高齢者の比較解析
  • 年齢層別の有効性・安全性
  • 高齢者に特有のリスク
  • 高齢者の使用制限(必要な場合)

高齢者データが不足している場合は、製造販売後に収集する計画(PMS)を明確に示す必要があります。

まとめ

ICH E7は、単に「高齢者を入れましょう」というガイドラインではありません。
高齢者の薬物反応の特性を理解し、臨床試験に適切に反映させるための実務的な指針です。特にQ&Aでは、近年の高齢化や併用療法の複雑化を踏まえ、より実臨床に近い高齢者データの重要性が強調されています。

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外資系製薬会社で生物統計家として働ている1児のパパ。生物統計家とは何か、どのようなスキルが必要か、何を行っているのかを共有していきたいと思っております!生物統計に関する最新情報を皆様にお届けすべく、日々奮闘中です。趣味は筋トレ、温泉巡り、家族と散歩。