因果推論

第3回 因果推論にDAGを活用する――製薬業界で働く人のための実践的ガイド

はじめに

製薬業界における臨床研究や疫学研究では、「どの変数を解析に含めるべきか」という問題に必ず直面します。
新薬の有効性や安全性を評価する際、年齢・性別・併用薬・生活習慣など多くの因子が関与しますが、すべてを調整すれば良いわけではありません。むしろ、不適切な変数を調整すると因果効果が歪むことすらあります。

このとき役立つのが DAG(Directed Acyclic Graph:有向非巡回グラフ) です。DAGは、変数間の因果関係を矢印で表現することで、どの変数を調整すべきか/すべきでないかを整理する強力なツールです。

本稿ではDAGについて解説していきます。

DAGとは何か

DAGは「因果関係の仮説を可視化するためのグラフ」です。

  • ノード(点):変数(曝露、アウトカム、交絡因子など)
  • 矢印:因果関係の方向

DAGの特徴は「非巡回」であること。つまり、因果関係が循環しないように描かれます。

DAGを描く目的は、因果効果を正しく推定するために、どの変数を調整すべきかを判断することです。DAGを使いう際の基本事項は下記の通りとなります。

製薬業界での具体例

例1:新薬の有効性評価

  • 曝露:新薬投与
  • アウトカム:疾患改善
  • 交絡因子:年齢、重症度

年齢や重症度は「新薬投与の有無」にも「疾患改善」にも影響します。したがって、これらは調整すべき変数です。

例2:副作用リスク評価

  • 曝露:薬剤使用
  • アウトカム:副作用発現
  • 中間因子:血中濃度

血中濃度は薬剤使用の結果として変化し、副作用に影響します。この場合、血中濃度を調整してしまうと「薬剤→副作用」の因果経路を遮断してしまい、真の効果を過小評価してしまいます。

DAGから因果関係を考えていきますと以下のようなパターンがあります。

調整すべき変数・すべきでない変数

DAGを使うと、以下の判断が可能になります。

  • 調整すべき変数:曝露とアウトカムの両方に影響する交絡因子(バックドア経路を閉じるため)
  • 調整すべきでない変数
  • 中間因子(曝露の効果を媒介する変数)
  • コライダー(曝露とアウトカムの両方から矢印が入る変数)

この区別は、製薬業界の研究で非常に重要です。誤って中間因子やコライダーを調整すると、因果効果が歪んでしまいます。

以下ではDAG で、調整すべき変数・調整すべきでない変数をまとめております。この
ようなバイアスを避けるためにも、DAG を使って変数間の時間関係を明確にすることが非常に大切です。

規制当局でのDAG活用事例

近年、FDA(米国食品医薬品局)やEMA(欧州医薬品庁)などの規制当局も、リアルワールドエビデンス(RWE)の評価においてDAGの活用を推奨する動きが見られます。

FDAの事例

FDAはRWEのガイダンス文書の中で、観察研究を用いた因果推論の妥当性を評価する際に「交絡因子の特定と調整の透明性」が重要であると明記しています。DAGはその透明性を担保するツールとして紹介され、「なぜその変数を調整したのか」を説明する根拠として活用されています。

EMAの事例

EMAも同様に、薬剤の安全性評価や市販後調査において、DAGを用いた因果構造の明示を推奨しています。特に、交絡因子の選択プロセスを図示することで、審査官が解析の妥当性を迅速に理解できる点が評価されています。

製薬企業にとっての意味

規制当局がDAGを評価に取り入れていることは、製薬企業にとって次の意味を持ちます。

  • RWE活用の拡大に伴い、今後ますます必須のスキルとなる
  • 解析計画書や申請資料にDAGを添付することで、審査官への説明力が向上する
  • 「調整変数の選択が恣意的ではない」ことを示す科学的根拠になる

実務での活用ポイント

製薬会社でDAGを活用するメリットは大きく、以下のような場面で役立ちます。

  1. 治験デザインの初期段階
    • どの背景因子を層別化すべきかを整理できる
  2. 市販後調査(PMS)
    • 副作用リスク評価で、交絡因子を明確化できる
  3. RWE解析
    • 観察研究での因果推論において、調整すべき変数を科学的に説明できる
  4. 規制当局への申請
    • FDAやEMAに対して、解析の透明性を示す強力なエビデンスとなります。

まとめ

因果推論におけるDAG(有向非巡回グラフ)は、研究デザインや解析計画を考える上で「どの変数を調整すべきか」を明確にする強力なツールです。交絡因子を特定して調整し、中間因子やコライダーを誤って含めないことで、因果効果を正しく推定できます。製薬業界では、新薬の有効性評価や副作用リスク解析、市販後調査やRWE活用に直結し、規制当局(FDA・EMA)もDAGを因果構造の透明性を示す手段として評価しています。DAGを描く習慣を持つことは、研究の妥当性を高め、規制当局への説明力を強化する実践的なスキルとなります。

参考

https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3423_06

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tomokichi
外資系製薬会社で生物統計家として働ている1児のパパ。生物統計家とは何か、どのようなスキルが必要か、何を行っているのかを共有していきたいと思っております!生物統計に関する最新情報を皆様にお届けすべく、日々奮闘中です。趣味は筋トレ、温泉巡り、家族と散歩。