検証的試験における日本人データの必要性と、国際共同治験での症例数設定の考え方

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新薬開発のグローバル化が進む中、日本の臨床試験のあり方は大きな転換点を迎えています。特に、患者数が極めて少ない超希少疾患では、日本人症例を十分に集めることが困難であり、従来の「日本人データを一定数確保する」というアプローチが限界を迎えつつあります。
この課題に対して 日本人データの必要性の整理 と 国際共同治験(MRCT)における症例数設定の考え方 が示されています。本記事では、その要点をわかりやすく解説し、今後の日本人症例数設定の方向性を考察します。
日本人データはなぜ必要なのか
日本では、薬剤の承認に際して 日本人での有効性・安全性の確認 が重視されてきました。これは、薬物動態や遺伝的背景、医療環境の違いなどが治療効果に影響する可能性があるためです。
しかし、超希少疾患では日本人症例を十分に集めることが難しく、以下のような状況が生じます。
- 国際共同治験に参加しても 日本人は数例のみ
- 国内で別途試験を行っても 単群・数例
- 統計的に「集団としての推定」が困難
そのため、従来の「日本人症例を一定数確保する」という考え方を見直し、少数例でも多角的に評価する方向へシフトしつつあります。
国際共同治験(MRCT)における症例数設定の基本思想
ICH E17(2018)は、MRCT の症例数配分について次のように述べています。
- 目的は地域間の治療効果の一貫性を評価すること
- 恣意的な症例数目標ではなく、科学的根拠に基づくべき
- 希少疾患では柔軟な対応が必要
つまり、症例数は「日本人を何例入れるべきか」という固定的な発想ではなく、
“一貫性を評価できるだけの情報量を確保する” という観点で決めるべきなのです。
日本人症例数の設定方法(平成19年通知の2つの方法)
症例数設定の具体例として 方法1・方法2 が示されています。
ここでは数式を交えて直感的に理解できるよう整理します。
■ 方法1:効果比 \(\frac{D_{\mathrm{Japan}}}{D_{\mathrm{All}}}\) に基づく方
● 基本アイデア
- 全体の治療効果:\(D_{all}\)
- 日本人部分集団の治療効果:\(D_{\mathrm{Japan}}\)
これは\(D_{Japan}/D_{all} > π\) が成立する確率が80%以上となるように日本人症例数を設定」する方法です。
● 数式
\[P\left( \frac{D_{\mathrm{Japan}}}{D_{\mathrm{All}}}>\pi \right) \geq 0.8\]
一般的に
\[\pi \geq 0.5\]
が推奨される。
- 日本人症例数を増やすと確率は上がる
- ただし、日本人症例数を減らすと 全体症例数を増やす必要がある
→ 全体症例数と日本人症例数のトレードオフ が発生する。
■ 方法2:地域ごとの効果が同じ方向である確率に基づく方法
(資料より引用:「D1, D2, D3 が全て同様の傾向にあることを示す」)
● 基本アイデア
3地域(例:日本、北米、欧州)が参加しているとする。
- 全体の効果:\(D_{\mathrm{All}}>0\)
- 各地域の効果:\(D_1,D_2,D_3\)
これらがすべて同じ方向(例:すべて > 0)である確率が80%以上となるように症例数を設定する。
● 数式
\[P(D_1>0,D_2>0,D_3>0)\geq 0.8\]
- 地域ごとに均等に症例を入れると確率が高くなる
- ただし、日本人症例が少なすぎると地域間比較が困難
超希少疾患では「柔軟性」が鍵
超希少疾患では、上記の方法をそのまま適用することが難しい場合があります。
- 日本人症例が 1〜3例 しか入らない
- 国内試験を別途実施しても 数例
- 統計的な一貫性評価は不可能
そのため、ICH E17 でも次のように述べられています。
希少疾病では、地域間で症例数が大きく偏ることを許容せざるを得ない
つまり、統計学的な一貫性評価だけに依存せず、臨床的・生物学的合理性を含めた多角的評価 が必要になります。
今後の日本人症例数設定の方向性
次のような方向性が示唆されています。
■ 統計学的な「一貫性評価」だけに依存しない
MRCT の評価は以下の複数の観点から行うべきとされています。
- 生物学的合理性
- 内的・外的な一貫性
- 統計学的な不確実性
- 臨床的意義
→ 日本人症例が少なくても、総合判断 が可能。
■ 日本人症例は「数例でもよい」ケースが増える
資料の事例では、以下のように 日本人1〜3例 で承認された例が複数あります。
- スペビゴ(日本人1例)
- エジャイモ(日本人3例)
- カブリビ(国内15例)
→ 超希少疾患では、数例でも臨床的判断に資する と考えられている。
■ 日本人症例の役割は「集団推定」から「個別評価」へ
従来:
- 日本人集団としての効果推定が必要
これから:
- 個々の症例の医学的情報を精査し、外国人データを当てはめられるか判断
■ 日本人症例数の設定は「目的ベース」で考える
症例数を決める際は、次の問いが重要になります。
● 何を目的として日本人症例を入れるのか?
- PK の確認?
- 安全性の確認?
- 効果の一貫性の確認?
- 医療現場への情報提供?
目的に応じて必要な症例数は変わるため、「日本人は最低○例」ではなく、目的に応じた症例数設定 が求められます。
まとめ
新薬開発の国際化が進む中、日本人データの扱いは大きな転換点を迎えています。特に超希少疾患では、日本人症例を十分に確保することが難しく、従来の「一定数の日本人データを集める」という枠組みでは対応できません。ICH E17 が示すように、国際共同治験では地域間の治療効果の一貫性を科学的に評価することが重要であり、症例数配分も恣意的ではなく合理的根拠に基づく必要があります。平成19年通知で示された方法1・方法2は、効果比や地域間の方向性一致を確率的に評価するアプローチであり、日本人症例数を科学的に設定する基盤となります。一方、超希少疾患では統計学的評価だけでは限界があり、生物学的合理性や臨床的意義を含めた多角的判断が不可欠です。今後は、目的に応じた柔軟な症例数設定と、国際共同治験への積極的参加が、日本の創薬力向上にとって重要な鍵となるでしょう。
参考資料
「検証的試験等における日本人データの必要性の整理及び迅速な承認制度のあり方について」(厚生労働省医薬局医薬品審査管理課 2023年)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_36390.html











