はじめに

新薬の開発において「安全性情報の収集と報告」は最も重要な要素のひとつです。特に治験段階では、まだ市販されていない薬を人に投与するため、予期せぬ副作用や有害事象が発生する可能性があります。これらの情報を迅速かつ正確に規制当局へ報告する仕組みが整っていなければ、患者の安全は守れません。
そこで国際的に合意された指針が ICH E2A「治験中に得られる安全性情報の取り扱いについて」 です。本記事では、この通知のポイントを図解や具体例を交えながら解説します。

ICH E2Aの背景

ICH(International Council for Harmonisation)は、日米EU三極で医薬品の承認審査を国際的に調和させるために設立された組織です。E2Aはその中で「治験中の安全性情報の取り扱い」を定めた文書であり、1994年に合意され、日本では1995年に厚生省から通知されました。

目的は以下の2点に集約されます:

  • 安全性情報に関する用語と定義の統一
  • 緊急報告の基準と手順の策定

用語の整理:有害事象と副作用の違い

まず押さえておきたいのが「有害事象」と「副作用」の違いです。

  • 有害事象(Adverse Event)
    → 薬を投与した患者に生じた好ましくない出来事。薬との因果関係は問わない。
    例:薬を飲んだ後に交通事故に遭った場合も「有害事象」として記録される。
  • 副作用(Adverse Drug Reaction)
    → 有害事象のうち、薬との因果関係が否定できないもの。
    例:薬を飲んだ後に肝機能障害が発生し、薬との関連が疑われる場合。
  • 予測できない副作用(Unexpected ADR)
    → 治験薬概要に記載されていない、または記載内容と性質・重症度が一致しない副作用。
    例:治験薬概要に「軽度の発疹」と記載されていたが、実際には「重度のアナフィラキシー」が発生した場合。

「重篤な副作用」とは?

ICH E2Aでは「重篤(serious)」という概念が重要です。これは「重症(severe)」とは異なり、患者の生命や機能に重大な影響を与えるかどうかで判断されます。

重篤な副作用の例
  • 死亡
  • 生命を脅かす状態(例:呼吸停止)
  • 入院または入院期間の延長
  • 永続的な障害や機能不全
  • 先天異常

緊急報告の基準

ICH E2Aでは「どのような副作用を、いつ、どのように報告すべきか」が明確に定められています。

報告すべきもの

  • 重篤で予測できない副作用 → 全て報告対象
  • その他の重要情報 → リスク・ベネフィット評価に影響するもの(例:発現頻度の急増、動物試験での発がん性など)

報告期限

  • 死亡または生命を脅かす副作用
    → 7日以内に速報(電話・FAX等)、さらに8日以内に詳細報告(計15日以内)
  • その他の重篤で予測できない副作用
    → 15日以内に報告

報告に必要な最低限の情報

  • 報告者の情報(医師名、所属、連絡先)
  • 患者の特定情報(イニシャル、年齢、性別など)
  • 被疑薬の情報(商品名、投与量、投与期間など)
  • 副作用の詳細(発現日時、転帰、重篤と判断した基準)

ブラインド治療症例の扱い

二重盲検試験では、治験依頼者も医師も患者がどの薬を投与されているか知らされていません。重篤な副作用が発生した場合、キーを開ける(割付を解除する)かどうかが問題になります。
ICH E2Aでは「緊急報告が必要な場合は、その症例のみ開鍵することが望ましい」としています。つまり、全体の盲検性は維持しつつ、安全性確保のために必要な範囲で情報を開示するというバランスが求められます。

具体例で理解するICH E2A

例1:新薬Aの治験中に急性肝不全が発生

  • 治験薬概要には「軽度の肝機能障害」と記載されていた。
  • 実際には「急性肝不全」という重篤で予測できない副作用が発生。
  • → 7日以内に速報、15日以内に詳細報告が必要。

例2:市販薬Bを対照薬とした治験で副作用が発生

  • 対照薬提供企業に報告するか、規制当局に直接報告するかは治験依頼者が決定。
    → 事前に取り決めをしておくことが重要。

例3:治験終了後に副作用が報告された場合

  • 治験終了後でも、因果関係が否定できない重篤な副作用は緊急報告対象。

因果関係の評価

因果関係の評価は基本的に治験担当医師が行います。ただし、依頼者が他施設の情報を考慮して因果関係を疑う場合には、再評価を行うことが求められます。
「因果関係不明」は「否定できない」と解釈され、緊急報告の対象となります。

まとめ

ICH E2Aは、治験中に得られる安全性情報を国際的に統一して扱うための重要な指針です。新薬開発において患者の安全を守るため、製薬企業や治験担当医師が徹底すべきルールを示しています。

主なポイントは以下の通りです:

  • 用語の整理
    • 有害事象:薬との因果関係を問わず、好ましくない出来事。
    • 副作用:有害事象のうち薬との因果関係が否定できないもの。
    • 予測できない副作用:治験薬概要に記載されていない、または性質・重症度が一致しない副作用。
  • 重篤な副作用の定義
    死亡、生命を脅かす状態、入院や障害、先天異常など。重症(severe)とは異なり、生命や機能への影響で判断する。
  • 緊急報告の基準
    • 重篤で予測できない副作用は必ず報告対象。
    • 死亡・生命を脅かす場合は7日以内に速報+15日以内に詳細報告。
    • その他の重篤副作用は15日以内に報告。
  • ブラインド試験での対応
    緊急報告が必要な場合は、その症例のみ開鍵することが望ましい。統計解析担当者には盲検性を維持する。
  • 報告様式と必須情報
    患者情報、被疑薬情報、副作用詳細、報告者情報などを網羅。初回報告は最低限の情報で提出し、追補を行う。

ICH E2Aは「安全性情報の国際共通言語」であり、製薬企業にとっては理論ではなく日常業務に直結するルールです。患者の安全を守り、規制当局との信頼関係を維持するために、迅速・正確・一貫した安全性情報の取り扱いが求められます。

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ICH改革とICHガイドライン解説 国際調和の新展開
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外資系製薬会社で生物統計家として働ている1児のパパ。生物統計家とは何か、どのようなスキルが必要か、何を行っているのかを共有していきたいと思っております!生物統計に関する最新情報を皆様にお届けすべく、日々奮闘中です。趣味は筋トレ、温泉巡り、家族と散歩。