ICH E15「ゲノム薬理学における用語集」をわかりやすく解説

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近年、医薬品開発の現場では、患者ごとの遺伝的背景に基づいて薬物治療を最適化する「ゲノム薬理学(Pharmacogenomics: PGx)」が急速に重要性を増しています。
しかし、国や地域によって用語の使い方が異なると、研究成果の共有や承認審査の場で混乱が生じてしまいます。
そこで国際的な整合性を確保するために作成されたのが、ICH E15「ゲノム薬理学における用語集」です。
本記事では、PGx の基本概念からゲノムデータの匿名化分類までを図解しながら解説します。
ICH E15とは何か?
ICH(International Council for Harmonisation)は、日米EUが中心となり、医薬品の品質・安全性・有効性に関する国際的なガイドラインを策定する組織です。
ICH E15ガイドラインは以下のような記載があります。
「医薬品の規制調和への取り組みを発展させるためには…一貫した用語の定義が確実に適用されていることが重要である。」
つまり、E15はPGx/PGt 分野で使われる用語の定義を統一するためのガイドラインです。
ゲノムバイオマーカーとは?
まず押さえておきたいのが「ゲノムバイオマーカー」の定義です。
「正常な生物学的過程、発病過程、及び/または治療的介入等への反応を示す指標となる、DNAもしくはRNAの測定可能な特性」
- DNAの特性:SNP、欠失/挿入、メチル化、CNV など
- RNAの特性:発現量、スプライシング、microRNA量など
● DNA由来の例
- SNP(一塩基多型)
- コピー数変異(CNV)
- メチル化などのエピジェネティック修飾
● RNA由来の例
- mRNA発現量
- スプライシングパターン
- microRNA量
タンパク質や代謝物は含まれない点が重要です。
PGx と PGt の違い
ICH E15では、PGx と PGt を明確に区別しています。
PGx:薬物応答と関連するDNA及びRNAの特性の変異に関する研究
PGt:薬物応答と関連するDNA配列の変異に関する研究
つまり、
PGt(Pharmacogenetics)
→ DNA配列の変異に限定した、PGx の一部
PGx(Pharmacogenomics)
→ DNA+RNA を対象とする広い概念
ゲノムデータのコード化分類(4タイプ)
E15の中でも特に実務で重要なのが、ゲノムデータの匿名化・コード化の分類です。
これは、患者のプライバシー保護と研究の利便性を両立するための枠組みです。
ガイドラインでは次の4分類が示されています:
- 識別可能(Identified)
- コード化(Coded)
- シングルコード
- ダブルコード
- 連結不可能匿名化(Anonymised)
- 非連結匿名(Anonymous)
識別可能(Identified)
「氏名あるいは識別番号…といった個人識別情報が付与される。」
- 患者を直接特定できる
- 試料廃棄や結果開示が可能
- 追跡調査も可能
- ただし治験では一般に不適切
コード化(Coded)
個人識別情報は付与せず、固有コードで管理する方法。
■ シングルコード化
「1つのコードキーを用いることで被験者個人の特定が可能」
- 治験で最も一般的
- 追跡調査・追加データ取得が可能
■ ダブルコード化
「2つのコードキーを介して…非常に間接的に特定が可能」
- 2つのコードキーを別管理することで安全性向上
- シングルより高いプライバシー保護
連結不可能匿名化(Anonymised)
「コードキーが削除されているため被験者の再特定ができない」
- 追跡調査不可
- 結果開示不可
- プライバシー保護は高い
非連結匿名(Anonymous)
「個人識別情報は収集されず、コードキーも作成されない」
- 最初から完全匿名
- 追跡不可
- 研究利用はしやすいが、臨床的なフィードバックは不可能
なぜこの分類が重要なのか?
ゲノムデータは極めて個人性が高く、匿名化しても再識別のリスクが残る場合があります。
そのため、どのレベルの匿名化を採用するかは、研究目的・倫理・法規制に直結します。
- 治験:追跡調査が必要 → シングル/ダブルコード化が適切
- 基礎研究:個人特定不要 → 連結不可能匿名化や非連結匿名
- 臨床応用:患者へのフィードバックが必要 → 識別可能 or シングルコード化
まとめ
ICH E15「ゲノム薬理学における用語集」は、ゲノム薬理学(PGx)および薬理遺伝学(PGt)に関する国際的な用語の定義を統一し、医薬品開発や承認審査における混乱を防ぐために策定されたガイドラインです。ゲノムバイオマーカーの定義をはじめ、PGx と PGt の関係、そしてゲノムデータの匿名化・コード化の4分類が明確に示されており、研究者・製薬企業・医療者が共通の理解のもとでデータを扱えるように整理されています。
ゲノムバイオマーカーは、DNA や RNA の測定可能な特性を指し、薬物応答の予測や副作用リスクの評価に重要な役割を果たします。また、PGx は DNA と RNA の両方を対象とする広い概念であり、PGt は DNA 配列の変異に限定した PGx の一部として位置づけられています。
さらに、ゲノムデータの取り扱いにおいては、識別可能・コード化(シングル/ダブル)・連結不可能匿名化・非連結匿名という4つの分類が示され、プライバシー保護と研究の利便性のバランスをどのように取るべきかが整理されています。治験では追跡調査が必要なためコード化が一般的であり、基礎研究では匿名化が適しているなど、目的に応じた適切な分類の選択が求められます。
個別化医療が進展する現代において、ゲノム情報の活用はますます重要になります。ICH E15は、その基盤となる共通言語を提供するガイドラインとして、今後の医薬品開発や臨床応用において欠かせない位置づけにあります。











