はじめに
臨床試験において複数のイベントを同時に評価する「複合エンドポイント」は、試験効率を高める一方で、臨床的な重要度が十分に反映されないという課題があります。例えば「死亡」と「入院」を同列に扱うと、死亡の重みが薄れてしまいます。こうした課題を克服するために提案されたのが Win Ratio解析 です。
Win Ratioは、イベントに優先順位を設定し、患者単位で介入群と対照群を比較することで、臨床的に意味のある勝敗判定を可能にします。本記事では、Win Ratioの目的・解析方法・数式での実装例を紹介し、さらにケーススタディを通じて複合エンドポイントを臨床的に解釈する具体的な方法を解説します。
Win Ratioとは何か
Win Ratio(ウィン比)は、複合エンドポイントを解析するための新しい統計的手法です。従来の「time-to-first-event(最初のイベントまでの時間)」解析では、複数のイベントを同列に扱うため、臨床的な重要度が反映されにくいという問題がありました。
Win Ratioは、イベントに優先順位をつけて階層的に比較することで、臨床的に重要なアウトカムをより適切に評価できます。
- 複合エンドポイントの限界克服
死亡と入院を同列に扱う従来法では、死亡の重みが薄れる。Win Ratioは「死亡>入院>再受診」といった優先順位を設定可能。 - 患者単位でのペアワイズ比較
介入群と対照群の患者をペアにし、どちらが「勝ち(Win)」かを判定。 - 臨床的妥当性の向上
臨床的に重要なイベントを最優先に評価できる。
解析方法の概要
ペアワイズ比較
介入群の患者 i と対照群の患者 j を比較し、以下のルールで勝敗を決定します。
- 第一順位イベント(例:心血管死)
- 先に死亡した方が「負け」
- 生存が長い方が「勝ち」
- 第二順位イベント(例:心不全入院)
- 死亡が同時期なら入院回数や時期で比較
- 第三順位イベント(例:緊急受診)
- 上位イベントが同点なら次順位で比較
Win Ratioの定義
\[\mathrm{Win\ Ratio}=\frac{\mathrm{Wins}}{\mathrm{Losses}}\]
- Wins = 介入群が勝ったペア数
- Losses = 対照群が勝ったペア数
もしWin Ratio > 1なら介入群が有利、< 1なら対照群が有利と解釈します。
各ペア比較を W_{ij} とすると、
\[W_{ij}=\left\{ \, \begin{array}{ll}\textstyle 1&\textstyle \mathrm{介入群が勝ち}\\ \textstyle -1&\textstyle \mathrm{対照群が勝ち}\\ \textstyle 0&\textstyle \mathrm{引き分け}\end{array}\right.\]
全体のWin Ratioは、
\[\mathrm{Win\ Ratio}=\frac{\sum _{i,j}I(W_{ij}=1)}{\sum _{i,j}I(W_{ij}=-1)}\]
ここで \(I(\cdot )\) は指示関数。
ケーススタディ:心不全治療薬の臨床試験
背景
ある心不全治療薬の臨床試験では、以下の複合エンドポイントが設定されました。
- 心血管死(最も重要)
- 心不全による入院
- 緊急外来受診
従来の「time-to-first-event」解析では、最初に発生したイベントのみを評価するため、死亡よりも入院や外来受診が先に起きた場合、死亡の重みが薄れてしまいます。
Win Ratioによる解析
介入群と対照群の患者をペアにして比較すると以下のようになります。
- 患者A(介入群):試験期間中に死亡せず、入院1回
- 患者B(対照群):試験期間中に死亡
この場合、最優先イベント「死亡」で介入群が勝ち(Win)となります。入院の有無は次順位のため、死亡の差が優先されます。
別のペアでは:
- 患者C(介入群):死亡はないが入院2回
- 患者D(対照群):死亡はないが入院4回
この場合、死亡は同点なので「入院回数」で比較し、介入群が勝ち(Win)となります。
結果の解釈
全ペアを比較した結果、介入群のWinsが対照群より多く、Win Ratio = 1.45 と算出されました。
これは「介入群の患者が臨床的に有利なアウトカムを得る確率が対照群より45%高い」と解釈できます。
各規制当局の位置づけ
FDAにおける位置づけ
FDAは2022年に公表した「Multiple Endpoints in Clinical Trials Guidance for Industry」で、複合エンドポイント解析の課題と代替手法を議論しています。その中で、階層的複合エンドポイント(Win Ratioを含む)は、臨床的に重要なイベントを優先的に評価できる方法として言及されています。
また、循環器領域の専門誌でも「Win Ratioは従来の複合エンドポイントの限界を克服する有力な方法」として紹介されています。
PMDAにおける位置づけ
PMDAは複合エンドポイントや多地域共同試験(MRCT)の枠組みの中で、階層的解析手法の活用を認める方向性を示しています。特に心不全や腎疾患などイベントの多様性が高い領域では、Win Ratioのような方法が臨床的妥当性を高めると考えられています。
実際の臨床試験での採用事例
- 心不全試験:欧州心臓学会誌のレビューによると、2022〜2024年に発表された心血管領域のRCTのうち36件でWin Ratioが用いられ、心不全や虚血性心疾患の試験で特に多く採用されています。
- 薬剤・手技の比較:薬剤介入が26件、手技が7件、治療戦略が3件と報告されています。
- 解釈の工夫:死亡や入院を最優先にしつつ、患者報告アウトカムや機能的指標も階層に組み込むことで、より多くの患者データを解析に活用できる点が強調されています。
まとめ
Win Ratio解析は、複合エンドポイントをより臨床的に妥当な形で評価するために開発された革新的な統計手法です。従来の「time-to-first-event」解析では死亡や重大イベントが入院や外来受診と同列に扱われるため、患者にとって最も重要なアウトカムが十分に反映されないという課題がありました。Win Ratioはイベントに優先順位を設定し、患者単位で介入群と対照群を比較することで、死亡などの重大イベントを最優先に評価できる点が大きな特徴です。
実際の臨床試験では心不全や虚血性心疾患領域を中心に採用が進んでおり、死亡・入院・外来受診といった階層的複合エンドポイントを解析することで、従来法では見えにくかった治療効果を明確に示すことが可能となっています。FDAは複合エンドポイント解析に関するガイダンスの中で階層的手法を有力な選択肢として位置づけており、PMDAも多様なイベントを持つ疾患領域での活用を認める方向性を示しています。
さらに、R言語などの統計ソフトを用いることで、研究者や製薬企業はWin Ratioを容易に実装でき、実務に応用可能です。今後は規制当局との対話において、試験デザインにどのようにWin Ratioを組み込むかが重要な課題となるでしょう。











