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この記事でわかること

💡 ポイント

  • 第I相から第IV相まで、各相が何を確かめる場なのか:目的・対象者・症例数の目安・主な評価項目を一覧表で整理します
  • 第I相で「有害事象ゼロ」でも安全とは言えない理由:30人に投与して1件も起きなくても、真の発現率は最大11.6%までありえます(Rで確認)
  • なぜ第III相で数百人規模になるのか:1群30例の試験では本当に効く薬でも有意になる確率は20.7%、1群300例なら95.6%。症例数は慣習ではなく計算の結果です
  • 第II相で有望だった薬が第III相で消える統計的な理由:小規模試験で有意になった結果だけを見ると、効果が真の値の約2.2倍に見えることをシミュレーションで示します
  • 承認後にも試験が続く理由:1万人に1人の副作用は、3,000例の承認申請データでは25.9%の確率でしか見つかりません

はじめに

新しい薬が世に出るまでには、第I相・第II相・第III相といういくつもの段階があります。ニュースで「第III相試験の結果が良好だった」という報道を目にしたことがある方も多いと思います。しかし「なぜ段階を分けるのか」「第II相と第III相は何が違うのか」を説明できる方は、製薬業界の外では多くありません。

この記事は、その疑問に真正面から答えるために書きました。想定している読者は、製薬企業やCROへの就職を考えている大学生・大学院生、業界に入ったばかりの新人の方、そして「治験」という言葉は知っているけれど中身までは知らない、という一般の方です。統計の予備知識は必要ありません。

臨床試験のフェーズを解説した文章は世の中にたくさんあります。ただ、その多くは「第I相は安全性を確認する試験、第II相は用量を決める試験、第III相は有効性を検証する試験」という定義を並べるところで終わっています。それでは、いちばん大事な問いが残ったままです。なぜ、そういう分け方になっているのか。 最初から大規模に試験をやってしまえばいいのではないか、という素朴な疑問に答えられません。

本記事はここに、統計の視点を一本通します。各相の「限界」を数値で示し、その限界がそのまま次の相の存在理由になっていることを見ていきます。使うのはRという無償の統計ソフトですが、Rを知らなくても読み進められるよう、出てくる数字はすべて日本語で解説します。掲載しているコードと出力は R 4.5.1 で実際に実行した結果で、そのままコピーすれば同じ数値が再現できます。

読み終える頃には、「第I相で30人に投与して問題がなかった」というニュースの一文から、その裏で何が確かめられ、何がまだ確かめられていないのかを読み取れるようになっているはずです。

臨床試験のフェーズとは ― 医薬品開発全体の中での位置づけ

新しい薬は、ある日いきなり病院に届くわけではありません。実験室で候補となる物質が見つかってから、患者さんが処方箋を受け取るまでには、いくつもの段階があります。臨床試験のフェーズ(相)は、そのうち「人に投与して調べる」段階を、目的の違いで区切ったものです。

医薬品開発の流れをざっくり並べると、次のようになります。まず基礎研究で薬の候補を探し、次に非臨床試験(動物や細胞を使った試験)で毒性や体内での動きを調べます。ここで問題がなさそうだと判断されて初めて、人を対象とした試験、つまり治験に進みます。治験は第I相・第II相・第III相と進み、その結果をまとめて承認申請を行い、審査を経て発売されます。発売後も試験や調査は続き、これが第IV相・製造販売後の段階です。

ここで一度立ち止まって考えてみましょう。なぜ、わざわざ相を分けるのでしょうか。効くかどうかを知りたいなら、最初から数千人に投与して比べたほうが早いはずです。

理由は2つあります。1つは安全性です。人に初めて投与する薬について、私たちはまだほとんど何も知りません。その状態で数千人に配ることは倫理的に許されません。もう1つは、情報の使い方です。試験は、前の相で得た情報を使って次の相を設計します。どのくらいの量を使えばよいか、どんな患者さんに効きそうか、副作用は何が出そうか。これらがわからないまま大規模試験を始めると、間違った用量で数千人を巻き込むことになります。相を分けるのは、慎重さと効率の両方を満たすための設計なのです。

そして、ここがこの記事でいちばん伝えたい点ですが、開発は一直線に進むものではありません。各相で「ここまで」と判断されて止まる薬のほうが、最後まで到達する薬よりずっと多いのが実情です。相とは、進めてよいかどうかを段階的に判断するための関門でもあります。

まずは全体像を1つの表で押さえてください。ここで「評価項目」という言葉が出てきますが、これは「試験で何を測って結論を出すか」を決めた指標のことです。

主な目的対象者症例数の目安主な評価項目
第I相安全性と忍容性の確認。薬が体内でどう動くかを調べ、次に進む用量の範囲を決める健康成人ボランティアが基本。抗がん剤など毒性が強い薬では対象疾患の患者数十例有害事象の種類と頻度、血液検査・心電図などの検査値、血液中の薬の濃度の推移
第II相効果が期待できるかを見極め、最も適した用量を探す対象疾患の患者。条件を比較的そろえた集団数十〜数百例効果を反映する指標(腫瘍の縮小、検査値の変化など)、用量ごとの安全性
第III相有効性と安全性を検証する。承認申請の根拠となる試験実際の治療対象に近い患者。多施設・国際共同で実施されることが多い数百〜数千例あらかじめ1つに決めた主要評価項目(生存期間、症状スコアなど)と安全性
第IV相・製造販売後実際に使われる状況での有効性・安全性を確かめる。稀な有害事象や長期使用の影響をとらえる実際にその薬を使う患者。高齢者や合併症のある方も含め幅広い数千〜数万例稀な有害事象、長期投与時の安全性、特別な集団での使用実態

症例数はあくまで目安です。対象となる病気の患者数、効果の大きさ、評価項目の種類によって大きく変わります。希少疾患では第III相でも数十例ということがありますし、生活習慣病では数千例規模になります。「第III相は必ず1,000人以上」といった固定の決まりはありません。

💡 ポイント
相が進むほど「人数が増える」だけではありません。参加する患者さんの幅も広がります。第II相では条件をそろえた患者さんを集めますが、第III相では実際の医療現場に近い、さまざまな背景を持つ患者さんが対象になります。だから第II相でうまくいっても第III相で結果が変わることがあるのです。

日本で治験を行うときの枠組み

治験は、思いついた人が自由に始められるものではありません。日本では、治験を実施するときの手続きやルールがGCP省令(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)で定められています。被験者の人権と安全を守り、集めたデータの信頼性を確保するための基準です。この基準の国際的な土台になっているのが、ICHのガイドラインであるICH E6(GCP)です。

手続きの面では、治験を始める前に治験の計画を厚生労働大臣に届け出る必要があり、その届出はPMDA(医薬品医療機器総合機構)が窓口として受け付けます。特に、その薬物を初めて人に投与する治験(新有効成分・新投与経路・新医療用配合剤についての最初の届出)では、届書が受理された日から30日を経過した後でなければ、医療機関と治験の契約を結ぶことができません。この期間にPMDAが内容を確認する仕組みになっています(いわゆる30日調査)。第I相を「とりあえず少人数だから気軽に」という感覚で始められない理由が、ここにもあります。

「相」と「試験の目的」は同じものではない

初心者の方がいちばん誤解しやすいのがこの点です。第I相・第II相という呼び方は便利ですが、実は厳密な分類ではありません。

臨床試験の全体設計を示すICH E8(R1)(臨床試験の一般指針)は、相の概念はあくまで説明上のものであって要件ではないこと、相をはっきり分けられない場合があること、複数の相にまたがる試験もあり得ることを理解しておくよう述べています。そのうえで、試験は相ではなく目的によって分類するほうが適切だとして、臨床薬理試験・探索的試験・検証的試験・承認後の試験という4つの目的別の分類を示しています。

つまり「第II相=探索的試験」「第III相=検証的試験」という対応は、だいたいそうなることが多いというだけで、一対一に決まっているわけではありません。第II相と呼ばれる試験の中に検証的な要素が含まれることもありますし、承認後に行われる試験が検証的な位置づけを持つこともあります。

⚠️ 注意
面接や試験で「第II相と第III相の違いは?」と聞かれたとき、人数の違いだけを答えるのは危険です。本質は「探索(見込みを探す)」と「検証(あらかじめ決めた仮説を確かめる)」という目的の違いにあります。人数の違いは、その目的から導かれた結果にすぎません。

なお、どの相であっても、比較を行う試験では患者さんをどの群に割り付けるかが結果を左右します。割り付けの考え方についてはランダム化割付の方法とR実装をご覧ください。

第I相試験 ― 安全性と用量の上限をまず確かめる

第I相試験は、その薬を人に投与する最初の試験です。英語では first-in-human とも呼ばれます。ここで確かめたいのは「効くかどうか」ではありません。この薬をどれくらいの量まで人に投与してよいのか、そして投与した薬が体の中でどう動くのかの2点です。

対象となるのは、原則として健康な成人のボランティアです。病気がないぶん、薬の影響を病気の症状と取り違えずに観察できるという利点があります。ただし例外があります。抗がん剤のように毒性が強く、効果と副作用が表裏一体である薬では、健康な人に投与すること自体が倫理的に許されません。こうした薬では、第I相の段階から対象疾患の患者さんが対象になります。

投与のしかたも慎重です。まず1回だけ投与する試験(単回投与)から始め、ごく少量から段階的に量を上げていきます。安全性に問題がないことを1段階ずつ確認しながら進み、その後、実際の使い方に近い形で繰り返し投与する試験(反復投与)に移ります。

第I相で見ているものを整理すると、次の3つです。表の中に出てくる「忍容性」とは、薬を投与された人がその薬にどこまで耐えられるか、つまり副作用に耐えながら投与を続けられるかどうかのことです。また「有害事象」とは、薬を投与された人に起きた好ましくない出来事のすべてを指します。薬が原因かどうかはまだ問いません。そのうち薬との因果関係が否定できないものを「副作用」と呼びます。試験の場では、まず有害事象としてもれなく拾い上げ、あとから因果関係を評価するという順序で扱います。

見ているもの具体的に測ることなぜ必要か
安全性・忍容性有害事象の種類・程度・頻度、血液検査値、血圧や心電図の変化これ以上は上げてはいけない、という用量の上限を見つけるため
薬物動態血液中の薬の濃度が時間とともにどう上がり、どう下がるか1日何回、何時間おきに飲む薬にするかを決めるため
次の相に渡す用量安全に投与できた用量の範囲と、その中での体内濃度第II相でどの用量を試すかを決めるため

なお、抗がん剤の第I相では、どの用量まで上げるかを決めるための専用の設計方法があります。3+3法・CRM・BOINといった手法がそれで、詳しくは第I相がん臨床試験の用量探索デザインで解説しています。この記事では「少量から段階的に上げて、危ないラインの手前で止める」という考え方まで押さえておけば十分です。

30人で1件も有害事象が出なくても「安全」とは言えない

さて、第I相にはとても重要な限界があります。人数が少ないのです。

たとえば30人に投与して、有害事象が1件も起きなかったとします。これは「安全だ」と言ってよいのでしょうか。Rで確かめてみましょう。ここでは信頼区間を使います。信頼区間とは、「本当の値はだいたいこの範囲にありそうだ」という幅のことです。

# 30人に投与して有害事象が1件も起きなかったときの、真の発現率の95%信頼区間
binom.test(0, 30)$conf.int

# 真の発現率が1%の有害事象を、30人の試験で1件以上つかまえられる確率
1 - (1 - 0.01)^30

# 真の発現率が0.1%だった場合
1 - (1 - 0.001)^30
[1] 0.0000000 0.1157033
attr(,"conf.level")
[1] 0.95
[1] 0.2602996
[1] 0.02956903
📝 解釈・補足
1つ目の出力を見てください。30人全員で有害事象ゼロだったのに、信頼区間の上限は 0.1157、つまり 11.6% です。この試験が保証しているのは「本当の発現率はおおむね12%より低い」というところまでで、5%や10%の頻度で起きる有害事象がある可能性はまったく否定できていません。
2つ目・3つ目はもっと直感的です。本当は100人に1人(1%)に起きる有害事象でも、30人の試験でそれを1件でもつかまえられる確率は 26.0% しかありません。1,000人に1人(0.1%)なら 3.0% です。ほとんど見つからない、ということです。

この結果は、第I相という試験の性格をはっきりさせてくれます。第I相は「この薬は安全だ」と証明する試験ではありません。証明できるだけの人数がそもそもいないのです。第I相が本当にやっているのは、明らかに危ない用量を外していないかを確かめ、次の相で試すべき用量を決めることです。頻度の低い副作用は、この段階では原理的に見つかりません。だから第II相・第III相と人数を増やしていき、それでも見つからない稀な事象を第IV相・製造販売後で追いかけることになります。

統計の視点でいえば、第I相での大事な仕事は「わからないことを、わからないと数値で示すこと」です。ゼロ件という結果を「安全である証拠」に読み替えないこと。少人数の試験から言えることの範囲を正確に伝えることが、次の相の判断を誤らせないために欠かせません。

用量の上限が見えたら、次は「その範囲のどの用量が最も良いのか」「そもそも効きそうなのか」を調べる番です。ここからが第II相の役割になります。

第II相試験 ― 効くかどうかと最適な用量を探す

第I相で「この用量までなら人に投与しても大きな危険はなさそうだ」という見当がつきました。ここでようやく、患者さんに投与して「効くのかどうか」を初めて確かめる段階に入ります。それが第II相試験です。対象は健康な人ではなく、その病気を持つ患者さんです。症例数は数十例から数百例が目安で、第I相よりは大きく、第III相よりはずっと小さい規模になります。

第II相には、実はよく似た2つの目的が同居しています。「そもそも効きそうか」と「どの用量がいちばん良いか」です。この2つを一度に片づけようとすると設計が破綻するため、実務では順番に分けて進めるのが一般的です。

第IIa相と第IIb相 ― 問いを2段階に分ける

第II相は、慣用的に第IIa相と第IIb相に分けて呼ばれます。これは法令で定義された区分ではなく、開発現場で広く使われている呼び分けです。

第IIa相は「概念実証(proof of concept)」の試験です。少数の患者さんに、第I相で安全に投与できることが確かめられた範囲の用量を投与し、想定した効果が本当に人で現れるかを短期間の指標で確かめます。ここで何も起きなければ、その薬の開発はここで止まります。

第IIb相は「用量反応試験」です。プラセボ(有効成分を含まない見た目だけ同じ薬)や複数の用量の群を並べて、効果と安全性のバランスがいちばん良い用量を選びます。用量反応の情報をどう集め、どう申請資料に使うかについては、ICH E4「Dose-Response Information to Support Drug Registration」(1994年3月合意)という国際的なガイドラインが指針を示しています。第III相でどの用量を使うかは、この段階の結果で決まります。

項目第IIa相第IIb相
答えたい問いそもそも人で効きそうかどの用量がいちばん良いか
よくある呼び名概念実証試験用量反応試験・用量設定試験
典型的な群の置き方薬とプラセボの2群程度プラセボ+複数用量の並列
この段階の出口開発を続けるかの判断第III相に持ち込む用量の決定

なお、試験のいちばん大事な物差しを「主要評価項目(primary endpoint)」と呼びます。血圧をどれだけ下げたか、腫瘍が縮小した患者さんの割合はどれくらいか、といった、その試験の合否を決める1つの指標のことです。これを試験開始前に1つに決めておくのが原則で、あとから都合の良い指標に乗り換えることは認められません。

1群30例では、本当に効く薬でも5回に1回しか有意にならない

では、第II相の規模で「効くかどうか」を判定しようとすると、その判定はどれくらい当てになるのでしょうか。Rで実際に計算してみます。

ここで使う「検出力」という言葉を先に説明します。検出力とは、本当に効く薬を試験にかけたとき、「有意差あり」と判定できる確率のことです。100%ではありません。同じ薬でも、症例数が少なければこの確率は下がります。

# 1群30例(第II相の規模)で、効果の大きさ0.3(標準偏差の0.3倍)を検出できる確率
power.t.test(n = 30, delta = 0.3, sd = 1, sig.level = 0.05)

# 1群300例(第III相の規模)にすると同じ効果はどれだけ検出できるか
power.t.test(n = 300, delta = 0.3, sd = 1, sig.level = 0.05)

     Two-sample t test power calculation 

              n = 30
          delta = 0.3
             sd = 1
      sig.level = 0.05
          power = 0.2068937
    alternative = two.sided

NOTE: n is number in *each* group


     Two-sample t test power calculation 

              n = 300
          delta = 0.3
             sd = 1
      sig.level = 0.05
          power = 0.9562155
    alternative = two.sided

NOTE: n is number in *each* group

📝 解釈・補足
最後の行の power が検出力です。1群30例では 0.2069=20.7%。本当に効く薬を持ち込んでも、5回に4回は「有意差なし」に終わります。同じ薬を1群300例で試すと 0.9562=95.6% まで上がります。薬は同じ、効果も同じ、違うのは人数だけです。

コード中の delta = 0.3 は「薬あり群と薬なし群の平均の差が、患者さん一人ひとりのばらつき(標準偏差)の0.3倍ある」という意味です。sd = 1 はそのばらつきを1と置いたということで、つまり「ばらつきに比べて差は小さめ」という、現実によくある状況を想定しています。sig.level = 0.05 は、効かない薬をうっかり「効いた」と判定してしまう確率を5%までに抑える、という約束事です。

つまり第II相は、設計上そもそも「効くことを証明する」ことができない規模なのです。これは第II相の失敗ではなく、役割分担です。第II相は、次に進む価値があるかを判断し、用量を絞り込むための試験です。

有意になった試験だけを見ると、効果は真値の2倍に見える

もう一歩踏み込みます。第II相で「有意差あり」という良い結果が出た薬が、第III相であっさり効果を示せない ― この現象は珍しくありません。なぜでしょうか。

答えは統計そのものの中にあります。Rでシミュレーションしてみましょう。ここでは本当の効果を0.3と決めてデータを作り、第II相規模(1群30例)の試験を1万回やり直します。神様の立場から正解を知った上で、試験の結果がどう見えるかを観察するわけです。

set.seed(4869)
nsim <- 10000     # 第II相規模の試験を1万回やりなおす
n <- 30           # 1群30例
true_delta <- 0.3 # 本当の効果の大きさ(全試験で共通)

res <- replicate(nsim, {
  x  <- rnorm(n, mean = true_delta)
  y  <- rnorm(n, mean = 0)
  tt <- t.test(x, y)
  c(diff = mean(x) - mean(y), p = tt$p.value)
})

mean(res["p", ] < 0.05)                      # 有意になった試験の割合
mean(res["diff", ])                          # 全試験での効果の平均
mean(res["diff", res["p", ] < 0.05])         # 有意になった試験だけの効果の平均
[1] 0.202
[1] 0.2997415
[1] 0.6465894
📝 解釈・補足
3つの数字を順番に読みます。
1つ目 0.202:1万試験のうち有意になったのは20.2%だけ。先ほど計算した検出力20.7%とよく合っています。
2つ目 0.2997:全1万試験の効果を平均すると0.2997。真の値0.3とほぼ一致します。試験そのものは何も歪んでいません。
3つ目 0.6466:ところが有意になった試験だけを集めて平均すると0.6466。真の値の約2.2倍に膨らんでいます。

なぜこうなるのでしょうか。理由はとてもシンプルです。小さい試験で有意になるためには、たまたま大きな差が出ている必要があるからです。1群30例では、真の効果0.3ぶんの差が出ただけでは有意になりません。偶然が味方して0.6や0.7の差が観測されたときだけ、有意という結果が生まれます。だから「有意になった試験」を後から拾い集めると、その集団は最初から効果が大きく見えたものばかりになるのです。

この現象は選択バイアス(対象を選んだことによる偏り)の一種で、統計の世界では「winner’s curse(勝者の呪い)」と呼ばれています。勝ち抜いたものほど、その実力が過大に見積もられている、という意味です。

⚠️ 注意
この結果を「第II相はあてにならない」と読むのは誤りです。第II相は用量と見込みを絞るための試験であり、有効性の証明は設計上そもそも担っていません。だから第III相が必要なのです。むしろ実務では、この膨らみを織り込んで第III相の症例数を設計します。第II相で観測された効果をそのまま真値と信じて症例数を計算すると、人数が足りない試験ができあがってしまいます。

第III相試験 ― 有効性を検証し、承認申請につなげる

第II相で用量が決まり、効きそうだという見込みが立ちました。ここからが承認申請に直結する本番、第III相試験です。数百例から数千例規模で実施され、多くの場合は複数の医療機関、しばしば複数の国にまたがって行われます。開発期間もコストも、ここが最大になります。

第III相の目的は、第II相までとはっきり異なります。「探す」のではなく「確かめる」のです。試験を始める前に、主要評価項目・解析対象集団・解析方法をすべて文書で固定し、その通りに実施して結論を出します。あとから解析方法を変えることは原則として認められません。

「検証的試験」とは何か

ICH E9「臨床試験のための統計的原則」は、この種の試験を検証的試験(confirmatory trial)と呼び、「仮説があらかじめ述べられ、評価される、適切に対照の置かれた試験」と定義しています。ポイントは2つです。

1つは「あらかじめ述べられている」こと。何をもって成功とするかを、データを見る前に決めておくということです。データを見てから成功の基準を決められるなら、どんな薬でも成功させられてしまいます。

もう1つは「適切に対照が置かれている」こと。プラセボや標準治療という比較相手がなければ、その改善が薬によるものか、時間の経過や自然経過によるものかを区別できません。

ICH E9の考え方や、その補遺で導入された Estimand の枠組みについては、【完全理解】ICH E9「臨床試験の統計的原則」と補遺(Estimand)で詳しく解説しています。

症例数は慣習ではなく計算で決まる

第III相が数百人規模になるのは「大きい試験のほうが立派だから」ではありません。必要な確からしさから逆算した結果です。先ほどと同じ効果の大きさ0.3を、今度は90%の確率で検出するには何人必要かを計算します。

# 同じ効果を90%の確率で検出するには、1群何例必要か
power.t.test(delta = 0.3, sd = 1, sig.level = 0.05, power = 0.9)

     Two-sample t test power calculation 

              n = 234.4628
          delta = 0.3
             sd = 1
      sig.level = 0.05
          power = 0.9
    alternative = two.sided

NOTE: n is number in *each* group

答えは1群234.4628例、実際には切り上げて1群235例、両群あわせて470例です。第II相の1群30例と比べると、およそ8倍の人数が要ることになります。

主要評価項目が「効いた患者さんの割合」のような数値の場合も見てみましょう。

# 奏効率40%の対照群に対し、55%まで上げる効果を90%の確率で検出したい場合
power.prop.test(p1 = 0.40, p2 = 0.55, sig.level = 0.05, power = 0.9)

     Two-sample comparison of proportions power calculation 

              n = 230.8303
             p1 = 0.4
             p2 = 0.55
      sig.level = 0.05
          power = 0.9
    alternative = two.sided

NOTE: n is number in *each* group

📝 解釈・補足
効いた患者さんの割合を40%から55%へ、つまり15ポイントも押し上げるという、かなり大きな効果を想定しています。それでも必要なのは1群 231例(230.8303を切り上げ)、両群で462例。連続的な数値でも、割合でも、答えは同じく数百例規模になりました。「15ポイントも改善する薬なのに、まだ231例も要るのか」と感じたなら、その感覚が正しいのです。ここが第III相の規模の正体です。

症例数の考え方の骨格は、実は1つの式に凝縮されています。

\[ n=\frac{2(z_{\alpha/2}+z_{\beta})^2\sigma^2}{\delta^2} \]

記号をすべて日本語に置き換えます。\( n \) は1群あたりの必要な人数、\( \sigma \) は患者さん一人ひとりのばらつきの大きさ、\( \delta \) は見つけたい効果の大きさ、\( z_{\alpha/2} \) と \( z_{\beta} \) は「間違える確率をどこまで許すか」を表す定数です。読み取ってほしいのは1点だけ、\( \delta \) が分母にあって二乗されているということです。見つけたい効果が半分になると、必要な人数は4倍になります。小さな差を確かめるには、大量の人数が要る ― これが第III相が大きくなる根本の理由です。

計算の中身や実際の設計手順に興味が出た方は、検出力分析(Power Analysis)入門 ― サンプルサイズ設計にどうつなげるかへどうぞ。

第II相と第III相は、何がどう違うのか

ここまでの内容を一枚に整理します。

観点第II相第III相
試験の性格探索的(探す)検証的(確かめる)
症例数の目安数十〜数百例数百〜数千例
検出力の目安高く設定できないことが多い80〜90%を確保して設計する
主要評価項目短期・代替的な指標も使う臨床的に意味のある指標を1つ固定
結果の扱い次に進むかの判断材料承認申請の根拠

第III相の主要評価項目には、原則として患者さんにとって意味のある指標を選びます。既存薬より優れていることを示す試験(優越性試験)だけでなく、既存薬と比べて劣らないことを示す試験(非劣性試験)が選ばれる場面もあります。設計思想がかなり違うため、興味のある方は非劣性試験(Non-inferiority Trial)設計と解析 ― マージン設定の考え方を参照してください。

🔑 まとめ・実務ポイント
第II相と第III相の関係は「予選と決勝」ではなく、「候補を絞る作業」と「絞った1つを固定した条件で確かめる作業」です。第II相の華やかな結果が第III相で縮むのは、開発が失敗しているのではなく、統計上そうなることがあらかじめわかっている現象です。だからこそ、第II相の結果を額面どおりに受け取らずに第III相を設計することが、統計解析担当者の腕の見せどころになります。第III相が実際にどう動いていくかは、フェーズ3臨床試験の流れと統計解析担当者の役割で具体的に追っています。

第IV相・製造販売後 ― 承認後にしかわからないこと

承認は開発のゴールに見えます。しかし安全性という観点では、むしろここからが本番です。第III相までに集まる被験者は、多くても数千人です。しかも治験に参加するのは、年齢・合併症・併用薬について条件を満たした人だけです。実際の医療現場では、高齢者も、腎臓や肝臓の働きが落ちた人も、10種類の薬を飲んでいる人も、その薬を使います。承認前のデータに含まれていなかった人たちです。

ここで一度立ち止まって、数字で考えてみましょう。「1万人に1人にしか起こらない副作用」は、何人に投与すれば見つかるのでしょうか。

# ある発現率pの事象を、95%以上の確率で1件以上観察するのに必要な例数
n_need <- function(p, prob = 0.95) ceiling(log(1 - prob) / log(1 - p))

n_need(1/1000)    # 1,000人に1人の事象
n_need(1/10000)   # 1万人に1人の事象

# 承認申請時に3,000例のデータがあった場合、1万人に1人の事象が見つかる確率
1 - (1 - 1/10000)^3000
[1] 2995
[1] 29956
[1] 0.2591929
📝 解釈・補足
1,000人に1人の事象を95%以上の確率で1件でもつかまえるには、約3,000例が必要です。1万人に1人なら約3万例。ところが承認申請時に3,000例分の安全性データがあったとしても、1万人に1人の事象が1件でも現れる確率は25.9%しかありません。つまり4回に3回は、その副作用の存在に気づかないまま承認されるということです。

これが第IV相・製造販売後の存在理由です。承認とは「すべての副作用が判明した」という宣言ではありません。 「その時点で得られた情報の範囲では、有効性が危険性を上回ると判断できた」という意味にすぎません。3万例規模の試験を承認前にやることは、費用の面でも、患者さんを待たせないという面でも現実的ではありません。だから「承認して広く使いながら、稀な事象を監視する」という設計になっているのです。

「第IV相試験」と「製造販売後調査」は別のものです

ここは初心者がいちばん混同しやすいところなので、はっきり分けて説明します。日本の制度では、承認後に企業が行う調査・試験は GPSP省令(医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令、平成16年厚生労働省令第171号)が定めています。この省令が「製造販売後調査等」として規定しているのは、次の3種類です。

種類何をするか治療の決め方
製造販売後臨床試験
(いわゆる第IV相試験)
承認された用法・用量・効能・効果の範囲内で、あらためて計画を立てて行う臨床試験試験計画書に沿って決める(介入あり)
使用成績調査日常診療で使われた結果をそのまま集める調査。一般使用成績調査・特定使用成績調査・使用成績比較調査に分かれる医師が診療として判断する(介入なし)
製造販売後データベース調査医療情報データベースを用いて副作用の発現状況などを検出・確認する調査医師が診療として判断する(介入なし)

違いの核心は「治療をこちらが決めるかどうか」です。製造販売後臨床試験は、企業が計画を立てて患者さんに割り付けや評価スケジュールを設定する介入研究です。一方、使用成績調査と製造販売後データベース調査は、医師が診療として選んだ結果を後から集める観察研究です。なお、製造販売後データベース調査は2017年10月公布・2018年4月施行の改正GPSP省令で新たに加えられた区分で、電子カルテやレセプトなどの既存データを使う点が特徴です。データベースを使った評価の考え方はリアルワールドエビデンス(RWE)入門でくわしく扱っています。

⚠️ 注意
「第IV相=製造販売後調査(PMS)」と説明されることがありますが、正確ではありません。日本の制度用語で第IV相に対応するのは製造販売後臨床試験だけです。使用成績調査やデータベース調査は「試験」ではなく「調査」で、介入を行いません。面接や実務で問われたときに区別できると、理解の深さが伝わります。

安全性を見張る仕組み ― GVP省令・副作用報告・再審査

GPSP省令が「調査・試験」の基準なのに対し、承認後の安全管理そのものを定めているのが GVP省令(医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品の製造販売後安全管理の基準に関する省令、平成16年厚生労働省令第135号)です。GVP省令は、安全性の情報を集め、評価し、必要な措置(添付文書の改訂、注意喚起、回収など)を取る一連の業務を企業に義務づけています。GVP省令が定めるものの一つに市販直後調査があり、これは販売開始から6か月間、医療機関への情報提供と注意喚起を集中的に行いながら重い副作用を早く把握する仕組みです。

副作用の報告は、企業からと医療現場からの二方向で集まります。医薬品医療機器等法(薬機法)第68条の10第1項が製造販売業者などの報告義務を、第2項が薬局開設者・病院・医師・薬剤師といった医薬関係者の報告を定めており、実務上の提出先はPMDA(医薬品医療機器総合機構)です。集まった情報は個々の症例だけでは判断しきれないため、どの事象がどれくらいの割合で起きているかを集計し、比べる作業が欠かせません。

そして、これらを一定期間まとめて振り返るのが再審査制度です。新有効成分を含む新医薬品には調査期間が設定され、薬機法第14条の4に基づき原則8年とされています。その期間が終わったあと、承認時の判断が今も妥当かをあらためて確認します。承認は一度取ったら終わりではなく、後から検証されるのです。なお、承認後の試験でどこまで安全性データを集めるべきかという論点は、ICH E19(選択的な安全性データ収集)が扱っています。

フェーズごとに統計解析担当者は何をしているか

ここまで各相の目的を見てきました。最後に、それぞれの相で統計解析担当者(生物統計家)が何をしているのかを並べてみます。同じ「統計の人」でも、相が違えば仕事の中身はかなり違います。

その相の問い統計解析担当者の主な役割
第I相どこまで安全に投与できるか用量を上げる手順の設計、少数例の要約、薬物動態データの記述。検定より「次の用量をどう決めるか」の判断材料づくり
第II相効きそうか、どの用量か用量と反応の関係の整理、効果の大きさとばらつきの推定、次相に進むかどうかの判断基準づくり
第III相本当に効くと言い切れるか症例数設計、解析方法の事前確定、解析計画書の作成、結果の解析と申請資料への反映
第IV相・製造販売後実際に使われる中で何が起きるか調査の計画づくり、稀な事象の発現状況の集計、背景がそろっていない集団を比べるための工夫

対比してみると、変わっていくのは「何を守る仕事か」だという点に気づきます。第I相・第II相では、統計担当者は意思決定を助ける立場です。少ない人数のデータから「この用量で進めてよいか」「次の相に進む価値があるか」を判断するための材料を整えます。ここで求められるのは、限られたデータから言えることと言えないことの線を引く力です。「30人で有害事象0件」から何が言えて何が言えないのかを説明できる人が、この段階では強い。

第III相になると立場が変わります。ここでは統計担当者は結論の正しさを守る立場になります。データを見てから解析方法を選べば、望む結論はいくらでも作れてしまいます。それを防ぐために、データを開ける前に主要な評価項目と解析方法を文書で固めるのが仕事の中心になります。この相の実務の流れはフェーズ3臨床試験の流れと統計解析担当者の役割に詳しくまとめてあります。

第IV相・製造販売後では、また性質が変わります。ランダム化されていない、条件のそろっていないデータを扱う場面が増えるからです。日常診療のデータでは、重症の人ほど新しい薬を使う、といった偏りが当たり前に存在します。この偏りを踏まえたうえで何が言えるかを考えることが、この段階の統計担当者に求められます。

こうして並べると、記事の最初から通っている一本の筋が見えてきます。開発は一直線に進むのではなく、各相で候補が落ちていきます。落ちるのは失敗ではなく、相を分けた設計が意図どおりに働いた結果です。第I相は危ない用量を外すために、第II相は見込みのない候補を早く止めるために、第III相は思い込みを排して結論を確定するために、そして第IV相・製造販売後は承認前には見えなかったものを拾うために存在します。統計解析担当者は、そのどの段階でも「今持っているデータから、どこまでなら言い切ってよいのか」という同じ問いに答え続けている、と言い換えることもできます。

🔑 まとめ・実務ポイント
生物統計家を目指す人へ。「統計解析ができる」だけでは足りません。各相で問いが違い、問いが違えば適切な答え方も違う、と理解していることが実務では決定的に効きます。就職・転職の面接でも「どの相の仕事をしたいか、なぜか」を語れる人は印象が違います。仕事の全体像は医薬品開発の羅針盤 ─ 製薬企業で働く生物統計家の仕事にまとめています。

参考書籍

この記事で扱ったのは「各相がなぜ存在するのか」という骨格だけです。もう一歩踏み込みたい方のために、順番に読める3冊を紹介します。1冊目で臨床試験の全体像と実務をつかみ、2冊目で統計の考え方に入り、3冊目で第III相の中核である比較試験の設計まで進む、という流れです。

『そうだったのか!「臨床試験」のしくみと実務』安藤克利 著/高橋和久 監修(南山堂)
まず1冊目はこれです。A5判120ページとコンパクトで、イラストを使いながら「治験と臨床試験は何が違うのか」「第I相から第III相までで何をするのか」「承認後の安全性対策はどう回っているのか」を通しで説明してくれます。本記事の第IV相・製造販売後の節を読んで、GPSP省令やGVP省令の位置づけをもう少し丁寧に押さえたい方に最適です。統計の知識がなくても読み切れる分量なので、製薬・CRO志望の学生が最初に手に取る1冊として勧められます。2020年刊。
『今日から使える医療統計 第2版』新谷歩 著(医学書院)
2冊目は統計への橋渡しです。数式をできるだけ使わず、18のレッスン形式で医療データの読み方と分析の手順を解説してくれます。本記事で出てきた「検出力」「症例数」といった言葉に引っかかりを覚えた方が、次に読む本としてちょうどよい難度です。第2版ではリスク比・オッズ比、回帰分析の仕組み、欠測値の扱い、繰り返し測定データ、ベイズ法が加わりました。米国で長く生物統計家として働いた著者が書いており、実データを扱う感覚が伝わってきます。
『新版 無作為化比較試験 ―デザインと統計解析―』丹後俊郎(朝倉書店・2018)
3冊目は本格的な設計の本です。第III相の中核である無作為化比較試験について、無作為割り付けの方法、目標症例数の決め方、経時的に繰り返し測定したデータ、同等性・非劣性、途中で結果を見るグループ逐次デザイン、欠測データまで体系的に扱っています。本記事で触れた「症例数は慣習ではなく計算で決まる」の中身を、式のレベルで確かめたい方向けです。1・2冊目を読み終えてから進むと理解が定着します。

関連記事・次のステップ

各相の全体像がつかめたら、次は気になった相を1つ選んで深く掘ってみてください。当サイトには、それぞれの相を専門的に扱った記事が揃っています。

臨床試験の設計そのものを規定している国際的な考え方から入りたい方には、ICH E8(R1)とは?― 臨床試験の全体設計とQuality by Designをおすすめします。本記事で触れた「フェーズという分類」と「探索的/検証的という分類」の関係が、より詳しく整理されています。統計解析の原則そのものについては【完全理解】ICH E9「臨床試験の統計的原則」と補遺(Estimand)が対応する一本です。

第I相の用量の決め方を具体的に知りたい方は、第I相がん臨床試験の用量探索デザイン ― 3+3・CRM・BOINをRで実装するへ。本記事では「用量を少しずつ上げて安全性を見る」という考え方までしか扱いませんでしたが、その「少しずつ」をどう決めるかが、この記事の主題です。

第III相の現場で統計解析担当者が何をしているかは、フェーズ3臨床試験の流れと統計解析担当者の役割で被験者組み入れからデータベースロックまで通して解説しています。本記事で扱った症例数の計算をもう一歩深めたい方は検出力分析(Power Analysis)入門が続きになります。

製薬業界で統計に関わる仕事そのものに興味を持たれた方は、医薬品開発の羅針盤 ─ 製薬企業で働く生物統計家の仕事生物統計家を目指すための勉強法を読んでみてください。本記事で使ったRを自分でも動かしてみたい方には、R入門 ― インストールからデータ読み込み・要約統計・t検定・グラフ作成までの最初の一歩が入口になります。

まとめ

本記事では、臨床試験のフェーズを第I相から第IV相まで順に見てきました。各相の目的や対象者の違いは一覧表で整理しましたが、この記事でいちばんお伝えしたかったのは、それぞれの相には「そこまでしかわからない」という限界があり、その限界がそのまま次の相の存在理由になっているということです。

第I相では、30人に投与して有害事象が1件も起きなくても、真の発現率の95%信頼区間の上限は11.6%でした。「誰にも有害事象が起きなかった」が意味するのは「発現率はおおむね12%より低そうだ」という程度で、そこから先はわかりません。第II相の規模である1群30例では、本当に効く薬でも有意差が出る確率は20.7%にとどまり、しかも有意になった試験だけを取り出すと効果は真の値の約2.2倍に膨らんで見えました。だからこそ、1群235例規模で改めて検証する第III相が必要になります。そして承認申請の段階で3,000例のデータが揃っていても、1万人に1人の頻度の事象が見つかる確率は25.9%しかありません。第IV相と製造販売後の安全性監視が続くのは、このためです。

この視点を持つと、開発の見え方が変わります。「第II相で有望な結果が出た薬が第III相で失敗した」というニュースは、開発者の失敗というより、小さい試験で見えたものが大きい試験では違って見えるという統計の性質が現れた結果であることが少なくありません。逆に、第III相を通過した薬の有効性は、偶然だけでは説明しにくいところまで確かめられている、ということでもあります。

医薬品開発は、不確かさを一気に消す作業ではなく、段階を追って不確かさを削り、削りきれない部分を承認後も見続ける営みです。各相で何が確かめられ、何が残っているのかを意識して読むようになれば、臨床試験のニュースも論文も、これまでとは違った深さで理解できるようになります。ぜひ、気になった相の記事から次の一歩を踏み出していただければと思います。

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tomokichi
外資系製薬会社で生物統計家として働ている1児のパパ。生物統計家とは何か、どのようなスキルが必要か、何を行っているのかを共有していきたいと思っております!生物統計に関する最新情報を皆様にお届けすべく、日々奮闘中です。趣味は筋トレ、温泉巡り、家族と散歩。